楽曲解説:続・くだらない唄 vol.1 -正月、藤原地元に帰る-

『続・くだらない唄』は「THE LIVING DEAD」(2000年)の4曲目に収録されているアルバム曲です。

インディーズ含めてほとんどライブで演奏されたことがなく、メンバーの過去のインタビューでも言及されてこなかったため、この曲に関するエピソードはほとんど知られていません。そのため、ネット上にはこの曲に関する確かなソースによる情報は乏しく、個人的な歌詞解釈や想像がいつの間にかメンバーの発言だったかのように出回っています。
この記事ではインディーズ時代の貴重なインタビューを織り交ぜながら紹介します。




2000年正月、藤原地元に帰る

1999年12月31日の大晦日、1日に3本のライブ(渋谷DESEO→渋谷QUATRO→下北沢Club251)に出演したバンプ。明けた2000年の正月はメンバー全員が地元佐倉に帰りそれぞれの時間を過ごしていました。当時上京していたボーカルの藤原基央さんも地元に帰っており、そこで地元の友達との再会を楽しんでいました。

正月に地元に帰る機会がありまして、昔のバカ仲間とかと騒いだりして、みんな車持ってたんですよ。で、「お前の思い出の場所巡り」とかいきなり勝手に始めやがってね。その中にそこ(たんぽぽ丘)が入ってて。「ああ、そういえばなあ」って、その詞の大体のとこが思い浮かんだ感じ。 – 藤原 –

たんぽぽ丘とは(ファンならご存知の方も多いと思いますが)ベースの直井さんの実家おおいわの裏手にある宿内公園のことで、メンバー4人が子供の時からよく遊んでいた公園です。くだらない唄の歌詞やグロリアスレボリューションのPVにも登場していますね。

地元の友達とこの地を訪れた時の藤原さんは、THE LIVING DEAD収録用の曲が書けずに無力感を感じたり、苛立ちを覚えたりしていた時期でした。

正月帰ってもまだレコーディング終わってなかったし、すごい無力感を感じた時期もあったんですよ。「ヤバイヤバイ、どんどん卑屈になってく」って。「この俺が?ランプとかバトルクライ書いてるこの俺が?(書けないのか)」って思ったりして。自分が今まで確立してきた価値観とかポリシーとかが薄っぺらいものになっちゃりして。

(中略)

僕はカッコいい男になりたいですから。今まではそういうのを強がりとして出してたわけですね。「ああこいつ、弱音を強がってんだな」っていうのを感じ取ってくれればそれでいいやって思ってたし。でもカッコつける事もいい加減疲れたなっていう、そういう感じですかね。

持ち曲を録り直したFLAME VEINと違い、THE LIVING DEADの制作はLAMP以外全て新曲のニューアルバムの制作でした。

レコーディング開始までに全ての曲が揃わず、コード進行だけ決めた曲、歌詞のない曲などを藤原さんが作り、他のメンバーがレコーディングしている最中にブースの外で詞を書くというありえない状況での制作です。
まさに続・くだらない唄は、焦りを感じながら作れないもどかしさ精神状態で生まれた曲なのです。




”ギリギリで見えていてよかった”

歌詞の中で “また手を振れるかな” と不安だった主人公は “この手がゆっくり僕の右上で弧を描いた” と手を振れるようになりました。たんぽぽ丘を前にして、思い出巡りをして。強がることに疲れた藤原さんは歌詞を書いている途中で心境の変化が生まれます。

大サビのあたりで、一回鉛筆を休めて、ボーッとしてたらね。「なんかいい詞書いてんな俺」とか思って(笑)。「ああ、まだ行ける!」って思ったんですね。それで俺は手を振れる人間だと思って、手を振りました、みたいな。「まだ行ける」ってのはちょっとギリギリの状態じゃないですか。でも「ギリギリでも全然まだマシじゃん」みたいに思えたりして

そういえば、「車輪の唄」にも手を振る人が出てきますね。「銀河鉄道」にも「車輪の唄」と同じ人物の描写が出てきます。もしかしたら藤原さんにとって”手を振る”という行為には象徴的な意味があるのかもしれません。

一人の人間として書いた曲

このような背景で生まれた続・くだらない唄は、藤原さんにとっても自分がそれまでに書いた曲とは全く違う、シリアスな位置付けとなります。

それまで”BUMP OF CHICKENで演奏する”というモチベーションでオリジナル曲を書いてきた藤原さんでしたが、この曲は自分一人の心の吐露を書いた曲となったのです。

俺は珍しく、バンドの事とか考えないで書きました。本当にいち人間として書きました。もう表現者としてとかそういうのも全く抜きで、泣き上戸の酔っ払いが「俺はよぉー」って絡むような、そんな感じじゃないですか、特に前半とか。

(中略)

(レコーディングすることに対して)自分の中だけで考えるとアリだったんだけどね、世に出すものとしてはどうなんだろうと。

レコーディングでは非常に個人的な歌を収録することに不安も覚えたようです。これはユグドラシルに収録されている「レム」のレコーディング時にも同じです。非常に個人的で凶暴な歌詞を書いたレムを世に出していいものか悩んでいました。

ちなみにそのレムのレコーディングで悩んだ夜に書いた曲が「車輪の唄」です。そうするとなんだかひとつに繋がってきますね。

高校を退学して上京した青年が地元に帰った時の心理描写が詰まっています。この歌を聴くときに、弱冠20歳の藤原基央の心の動きを読み取りながら聴くのも、新しい聴き方になると思います。またこの隠れた名曲をいつかライブで披露してくれるといいですね。