楽曲解説:続・くだらない唄 vol.1 正月、藤原地元に帰る *1/13更新

続・くだらない唄:基本情報作詞作曲:藤原基央
作曲時期:2000年1月
録音時期:2000年1-2月
録音場所:aLIVE Studio
リリース:2000年3月25日
ライブ初披露:2000年3月27日 ツアーポキール at 千葉LOOK

「続・くだらない唄」は『THE LIVING DEAD』(2000年)に収録されているアルバム曲です。20歳の藤原基央の苦悩と希望を描いたセンシティブな詞が特徴の1曲です。

この記事では作曲エピソードや歌詞の意味、解釈について紹介します。



2000年正月、藤原地元に帰る

京成臼井駅 (2007年頃) embedded from wikipedia 

1999年12月31日、BUMP OF CHICKENは3本のライブ(渋谷DESEO→渋谷QUATRO→下北沢Club251)に出演し、翌2000年の正月は佐倉の実家でお正月を過ごします

ボーカル・ギターの藤原基央さんも成人式に参加するため帰郷します。 成人式の日は4人で直井家に集まり出前のお寿司を食べました。

成人式で有名人になっていた藤原

藤原さんは当時の成人式に参加した時の心境を「藤原インテリ日記」で述懐しています。

第6回「藤原インテリ日記」embedded from i.pinimg.com

BUMP OF CHICKENが東京で活躍しはじめている頃の周囲の反応を読み取る貴重な資料です。一般人から有名人になりつつある藤原さんのリアルな心境が読み取れます。

小学校時代の友達と思い出巡り

藤原さんは小学校時代の友人達(つまりメンバー達ではない)と小学校や公園といった思い出巡りに出かけました。

藤原 – 正月に地元に帰る機会がありまして、 (中略)「お前の思い出の場所巡り」とかいきなり勝手に始めやがってね。

引用:ROCKIN’ON JAPAN vol.185

友人達と小学校に行き、卒業制作を見たりしました。

たんぽぽ丘で歌詞を思い浮かぶ

冬のたんぽぽ丘(宿内公園)embedded from google

たんぽぽ丘(宿内公園)メンバーの遊び場。「くだらない唄」の歌詞や「グロリアスレボリューション」のPVに登場する。

友人達とたんぽぽ丘を訪れた藤原さんは「続・くだらない唄」の歌詞を思い浮かびます。

藤原 – その(思い出巡りの)中にそこ(たんぽぽ丘)が入ってて。「ああ、そういえばなあ」って、その詞の大体のとこが思い浮かんだ感じ。

引用:ROCKIN’ON JAPAN vol.185



20歳の苦悩と希望を描いた歌詞

“0:14″〜
湖の見える タンポポ丘の 桜の木の下で
下ろしたての コートのポケットに 手を入れて
数年前にもこの場所で 同じポーズしていた事
思い出してやっと実感 「僕は帰って来た」

続・くだらない唄 / BUMP OF CHICKEN

最初の4行はまさに帰郷の心境が表現されています。<下ろしたてのコート>というのは成人式のために購入したコートなのでしょうか。

“0:52″〜
この手は 振れない 大事なモノを落とし過ぎた
この眼は 余りに 夢の見過ぎで悪くなった
あの日と違うのは 僕だけ

続・くだらない唄 / BUMP OF CHICKEN

<大事なモノをを落としすぎた>と憂う藤原さん。この経験が同年作曲される「ダイヤモンド」の歌詞で昇華されています。

ダイヤモンド

“1:09″〜
大事なモンは幾つもあった
なんか随分減っちゃったけど
ひとつだけひとつだけ
その腕でギュっと抱えて離すな

ダイヤモンド / BUMP OF CHICKEN

関連記事:ダイヤモンド vol.1 – 汚さを吹き飛ばす宝石の輝き – 解釈

<夢の見過ぎで悪くなった>というのは、<夢>は眩しすぎるくらい輝いているものであり、夢を追うことで大切なものも犠牲にしていました。これは藤原さんの<夢>に対する基本概念でこの曲以外にも現れてます。

藤原 -(夢は)もうギラギラしててやばいんです、ほんと。生半可な覚悟で見たら目がつぶれるぐらいの輝きなんです。で、それを見るんです、自分の意志で。

「夢の飼い主」のインタビュー / ROCKIN’ ON JAPAN 2004.12  

関連記事:夢の飼い主 vol.1 – 藤原基央の夢に対する想い



アルバム制作が捗らない心境

『THE LIVING DEAD』2000年3月25日リリース


当時藤原さんは、THE LIVING DEAD収録用の曲が書けずに無力感を感じたり、苛立ちを覚えていた時期でした。

藤原 – 正月帰ってもまだレコーディング終わってなかったし、すごい無力感を感じた時期もあったんですよ。(中略)「この俺が?ランプとかバトルクライ書いてるこの俺が?」って思ったりして。

引用:ROCKIN’ON JAPAN vol.185

「LAMP」以外全て新曲で臨んだ『THE LIVING DEAD』制作ですが、新曲が足りず、レコーディング期間中も曲を書く必要に追われていました。

アルバムのレコーディングに使用された aLive Studio (東京都世田谷区)http://www.edoya.tv/alive/images/b_booth_pic.png

コードだけ決めた曲、歌詞のない曲などを藤原さんが作り、他のメンバーがオケをレコーディングしている最中にブースの外で詞を書くという状況で作曲が進められます。

「続・くだらない唄」は、焦りを感じながら作れないもどかしさの精神状態で生まれました。

THE LIVING DEAD制作時期の考察アルバム制作期間について「1週間 (2000-2002年頃)」、「2週間くらい(2002年以降)」、「2ヶ月(2000年)」で録音したと話しており、話すたびに変わっている。しかし上記発言から少なくとも年跨ぎで行われている可能性が高い。

”手を振れる人間”

“強がることに疲れた”という藤原さん。歌詞を書いている途中で心境の変化が生まれます。

“4:04″〜
この手が ゆっくり 僕の右上で弧を描いた
この眼が 辛うじて 飛んでいく綿毛を見送った
この手が 今まで 落としたモノは拾えるかな
この眼が 今でも ギリギリで見えていて良かった

続・くだらない唄 / BUMP OF CHICKEN

 <また手を振れるかな> と不安だった主人公は <この手がゆっくり僕の右上で弧を描いた>と手を振れるようになります。時間の経過で物語性を表現する藤原さんの手法です。

藤原 – 大サビのあたりで、一回鉛筆を休めて、ボーッとしてたらね。「なんかいい詞書いてんな俺」とか思って(笑)。「ああ、まだ行ける!」って思ったんですね。それで俺は手を振れる人間だと思って、手を振りました、みたいな。

引用:ROCKIN’ON JAPAN vol.185

「車輪の唄」(2004年)と「銀河鉄道」(2005年) にも手を振る人が出てきます。藤原さんにとって”手を振る”という行為には象徴的な意味があるのだと思います。

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藤原基央の曲 ≠ BUMP OF CHICKENの曲

“BUMP OF CHICKENで演奏する”というモチベーションでオリジナル曲が生まれてきましたが、この曲は自分一人の心の吐露を書いた曲でした。

藤原 – 俺は珍しく、バンドの事とか考えないで書きました。本当にいち人間として書きました。(中略)(レコーディングすることに対して)自分の中だけで考えるとアリだったんだけどね、世に出すものとしてはどうなんだろうと。

引用:ROCKIN’ON JAPAN vol.185

レコーディングでは非常に個人的な歌を収録することに不安も覚えたようです。これは「レム」(2004年)のレコーディング時と同じです。非常に個人的で凶暴な歌詞を書いたレムを世に出していいものか悩んでいました。

関連記事:レム vol.1 – 殺人鬼の気持ちで書いた曲 –

ちなみにそのレムのレコーディングで悩んだ夜に書いた曲が「車輪の唄」です。

増川弘明のアコースティックギター

CD音源で聞こえるアコースティックギターは増川弘明さんが演奏しています。藤原さんの指示によるものだと思いますが、C↔︎GとEm→Fの部分でストロークアクセントを変えていて20歳当時の増川さんの表現意欲が伺えます。



ライブ演奏記録

ツアーポキールで数回のみ演奏

「続・くだらない唄」はツアーポキールで数回演奏されています。ベース、ドラム、ギターが三者三様の動きをする難しい曲で、同ツアーでも数公演のみ演奏されました。(2001年仙台でも演奏された可能性がありますが、別途考察記事作成中です)

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原曲ツインリードは藤原ギターソロへ

Les Paul Special 1960 Historic Collection

原曲のツインリードはライブでは藤原さんのギターソロへ変更されています。原曲通りではなくスケールに則ったアドリブ性の強いメロディです。

「続・くだらない唄」には高校を退学して上京した青年が地元に帰った時の心理描写が詰まっています。この歌を聴くときに、弱冠20歳の藤原基央の心の動きを読み取りながら聴くのも、新しい聴き方になると思います。以上、「続・くだらない唄」の意味の解説でした。