楽曲解説:LAMP vol.1 -1999年のBUMP OF CHICKENと制作エピソード

LAMP
作詞作曲:藤原基央
作曲時期:1999年xx月
録音時期:1999年9月4日
リリース:1999年11月25日

『LAMP』はBUMP OF CHICKENのシングル曲です。インディーズ時代の1999年にリリースされた記念すべき最初のシングル、LAMPについて歌詞解釈や背景を解説します。



バンド初のシングルCD

1999年11月25日にインディーズレーベル・HiLine Recordsより『LAMP』がリリースされました。

1st Maxi Single「LAMP」HLR-008 

オフィシャルサイトに “1st Maxi Single”と表記されており、BUMP OF CHICKENの最初のシングルとなっています。

補足:「LAMP」以前のCDリリース『BUMP OF CHICKEN』 (1998年10月)
『FLAMEVEIN』(1999年3月)
これらは当時ライブハウスで演奏していた既存曲を音源化したもの。新譜という意味では『LAMP』が初めてとなった。

現在廃盤となっている『LAMP』は中古CDショップなどで5,000円前後の高値で取引されています。

『LAMP』発売前の店頭用デモテープ

ジャケットは藤原の飼い猫「黒蜜糖」

ジャケット写真は藤原基央さんの当時の実家の台所です。写っている黒猫は「黒蜜糖」という名前です。

心の中の衝動をもとに書いた曲

embedded from prcm.jp

藤原 – よりシンプルにっていうのを目指して、聴く人の気持ちとかどういう言葉が伝わりやすいとか考えるよりも、自分の衝動で書いていくような感じでしたね。

B-PASS 1999

ランプは詞と曲が同時に生まれました。「LAMP」以前までは、現在のように詞が先、曲が先というのはなく基本的に弾き語りの形式で曲を書いていました。

藤原さんはガラスのブルースと同じく「童謡のようなスタンダードな楽曲」として認識しています。

灯りは自分の中にある

藤原 – 状況を打破する力、自分を守る力、ムーブメントを起こす力っていうのは、最終的には自分の中にあるんじゃないかって思って。

B-PASS 1999

自分の前方に光を灯すランプを他者(「ベストフレンド」や「パートナー」)として捉えていた主人公が、最終的にそのランプが自分自身であると気付く物語。

LAMP (3:02~)
「ヘンだな僕は君自身だよ、
 自分が信じれないのかい?」
小さく震える手にはマッチ 今にもランプに火を灯す
闇に凍えるこの身を救う 最後の術はこの身の中に

LAMPの歌詞は自分自身で選択をするしかない、勇気の根源は自分の中にあると教えてくれる詞です。藤原さんが書く「君」と「僕」の解釈にも繋がる構図です。



藤原、転調に傾倒しはじめる

藤原 – これは転調のある曲を書いてみようっていうのが、たぶん初めてだったんじゃないかなって思います。

Bridge – 2013.09

『FLAME VEIN』リリース後、藤原基央さんは転調曲に傾倒します。

転調とは曲の途中でキーが変化することでドラマチックな転換の印象を与え、「LAMP」ではBメロで転調しています(A♭→C♭)。1999〜2000年初頭の『THE LIVING DEAD』期はまさに転調に傾倒していた時期でした。

『THE LIVING DEAD』転調曲が多数収録されている(グングニル、ランプ、Everlasting lie)

メンバー vol.10 – 楽曲キーの分析と変遷




1999年9月- LAMPのレコーディング

「ランプ」のレコーディングに使用された aLive Studio (東京都世田谷区)http://www.edoya.tv/alive/images/b_booth_pic.png

「LAMP」は1999年9月に世田谷区にあるaLive Studioでレコーディングされました。『FLAMEVEIN』と比較して、楽器ひとつひとつの音作りにこだわりをもって臨みます。

補足:腹痛とレコーディング藤原は自宅アパートからバスでスタジオに向かった。バスの中から幾度も押し寄せる腹痛の波と闘いレコーディングされた。

藤原 – 『FLAME VEIN』に比べて、全体的にスネアひとつギターひとつ、ベースひとつ取ってもこだわりましたね。(中略) 全体的に音を太くしたい。重くっていうよりは太く強くして、なおかつ軽くならないようにしたくて。

B-PASS 1999.11

弱冠20歳にしてこれほどの音にこだわりを持つアーティストは果たしていたのでしょうか。当時ビッグマウスな発言は、音楽への妥協しない姿勢から来る自信があったのだと思われます。「曲の理想を求める」というBUMP OF CHICKENの基本理念の源流となる楽曲です。

歌詞に合わせたベースライン

直井 – 詞がないとベースラインが作りにくいし、詞の内容は重要です。藤くんの詞は今まで嫌だと思ったことはなくて、いいと思ったことしかありません!
B-PASS 1999

ベーシストの直井さんは歌詞を意識したベースをつけました。悲しそうな詞の部分はそう聴こえるようにベースラインを考えたといいます。

補足:HANSO-DE TOUR’99レコーディングは9月5日早朝まで行われ、BUMP OF CHICKENの4人は全国ツアー「HANSO-DE TOUR’99」のため福岡へ出発する(福岡まで機材車に乗って移動。そして神戸のラブホで休憩・・・)。

レコーディング直後のHANSO-DE TOUR’99では「LAMP」は演奏されていませんが「バトルクライ」は演奏されています。



レコ発ライブ「大貧民」&「大富豪」

-編集中-

1999年、インディーズシーンを疾走

ランプの書かれた1999年はBUMP OF CHICKENにとって時期であったのか、解説します。一括りに「インディーズ時代」といっても3つの時代に大別できます。

1998年(アマチュア・千葉~東京時代)1-9月頃までは千葉を中心に活動。10月前後から都内のブッキングが始まる。東京進出と同時期に所属事務所ロングフェローとのスタッフ達と知り合う。

1999年(インディーズ初期)3月に1st Album『FLAMEVEIN』リリース。東京と地方では人気の差があったものの、ワンマンライブ、イベントライブ出演、全国ツアー(実質初)、ラジオ番組 など異次元のスピードで活動活発化。

2000年(インディーズ後期)<3月に2nd Album『THE LIVING DEAD』リリース。「なぜバンプはメジャーに行かないのか?」という疑問の声さえ上がる。9月、満を持して2nd Maxi Single『ダイヤモンド』でメジャデビュー。

1999年は活動拠点を東京に移し、インディーズシーンを席巻しはじめる濃密な時期でした。ワンマンライブの開催、イベントライブへの出演、雑誌やラジオ出演など、アマチュアではなくなっている時期です。

LAMPに対する藤原自身の評価

2000年 – THE LIVING DEAD発売時

instagram@kyoto_nagomibito様

藤原 – 『LAMP』が結構売れてくれて評判を呼んだじゃないですか。『LAMP』以下の曲を書いたり、クソなライブをやったりだとか、要するにBUMP OF CHICKENが全く機能しなくなった時に、どうやって生きていけばいいんだろうみたいなことを考えたりとか。

ROCKIN’ ON JAPAN vol.185

2000年当時「天才作曲家」を自称していた藤原基央さん。大胆な発言をしていますね。自分達でもランプが“売れた”と認識しています。

一方でそれが藤原さん自身のハードルをあげる原因ともなっていました。

藤原 – 『この俺が?“ランプ”とか”バトルクライ”を書いてるこの俺が?』って思ったりして。

ROCKIN’ ON JAPAN vol.185

THE LIVING DEAD制作時(1999年冬~2000年初頭)に曲が書けない時の心境です。藤原さんにとっても「ランプ」が自信の1曲であることが伺えます。



2013年 – ベストアルバム発売時

embedded from https://rockinon.com/news/detail/82314/

2013年のベストアルバム発売時は客観的に当時の自分達を評しています。

藤原 – 正直、ほんとに録り直したいくらいですね、けど、そうすると精神性が違ってくるので、そういう気持ちはグッと抑えて。

藤原さんは『THE LIVING DEAD』の楽曲を録り直したいとよく発言します。アンサンブルへの意識やレコーディング環境の整っていなかったからです。

bridge 2013年6月号

以上、BUMP OF CHICKENの「LAMP」(「ランプ」)について紹介しました。

今回掲載しきれなかったPVやリリースイベント、ライブでのアレンジに関する解説は別の記事にて紹介(時期未定)します。ご覧いただきありがとうございました。

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