楽曲解説:彼女と星の椅子 vol.1 – チャマ17歳 – 初めてのオリジナル曲

「彼女と星の椅子」は、3rd Maxi Single「ハルジオン」のカップリング曲であり、BUMP OF CHICKENの楽曲の中でも2曲しかない、直井由文(Ba.)さんが作曲した曲のひとつです。この記事では彼女と星の椅子のができるまでを解説します。




チャマ17歳 – 初めてのオリジナル曲

<’96〜’97> 17-18歳
・直井由文・・・調理師専門学校
・藤原基央・・・フリーター (まだ千葉の実家に住んでいる頃)
・増川弘明・・・佐倉高校
・升秀夫   ・・・佐倉高校
 *あいつは脱退しており既に4人で活動している

1996〜97年、BUMP OF CHICKENは毎週火曜日にチャマさんの実家おおいわのガレージに集まりバンド練習をします。専門学校が遠く、いつも一番遅くに帰ってくるチャマさん。

ある日、いつも通り最後にやってきたチャマさんは「藤くん、ちょっといい?」と得意気な顔で藤原さんを2階の自室に連れて行きます。

直井「曲作った。聴いてくんね?」

藤原「マジで?」

♪♪♪〜2本のベースが鳴り続ける

藤原「(ベース2本、面白いイントロだな)」

藤原「(・・・歌はまだかな?)」

藤原「(・・・お?そろそろ歌が始まるか?)」

カセット「(ガチャ)」

2本のベースが鳴っているだけの曲(歌なし)という斬新なスタイルでした(笑)

直井 – 藤くんに、超恥ずかしいけど曲作ったから聴いてよっつって(笑)

藤原 – 聴き終えて、『いつはじまんの?』って

直井 – ははははは

ROCKIN’ ON JAPAN 2008.06 vol.333

別のインタビューでも

藤原 – よし!って思ったら、ブチって切れて(笑)『えっ!?まだ始まってないよ?歌もないし、メロも入ってないし』って

直井 – 俺は『よくできた!』って(笑)

MUSICA 2008.07

当時バンドメンバーで1人8,000円ずつ出し合って購入したMTRがありました。普段は藤原さんが保管していたのですが、直井さんはこの時に借りて録音していました。どこにでもあるバンド風景ですね。




CHAMA’s パンク愛が詰まった曲

藤原 – 当時は適当な英語でやってたんですけど。まずベースしか入ってなかったからコードをつけて・・・

MUSICA 2008.07

直井さんは、この曲に対してパンクのゴリゴリしたサウンドをイメージします。藤原さんがローコード(シャリーンっていう感じ)で演奏すると、直井さんは「そんなのヤだ!イメージと違う!」と言い拒否します(笑)

藤原さんは試しにパワーコード(ギュイーンって感じ)で弾くと、直井さんは「それだ!」だとOKを出しました。藤原さん曰く”パンク坊や” だった頃でした。




英語で演奏されたインディーズ時代

藤原 – で、これに歌つけてっていう風に言われて。おっしゃあ、歌うわっつって歌って。まあ当時は英語でやってたんで。英語っつってもめちゃくちゃ英語ですけど。

ROCKIN’ ON JAPAN 2008.06 vol.333

インディーズ楽曲の作曲順推定図

1996-97年に作曲され、BUMP OF CHICKENのオリジナル曲でも古参の曲にカテゴライズされます。THE LIVING DEADの全曲は勿論、バトルクライ、とっておきの唄、ノーヒットノーランよりも古い楽曲になります。ナイフやアルエと同時代の楽曲です。

原曲は英語でライブハウスで演奏されてきましたが、2000年初頭に英語詞曲をやらないようになってからこの曲は「未発表曲」扱いとなりました。

チャマの『あの曲やろうよ!』で復活

3rd Maxi Single ハルジオン

<’01春〜夏>
4月と7月に全国ツアー。ハルジオンとメロディーフラッグの2つの新曲を練習・レコーディング。

2001年春〜夏、お蔵入りになっていた「CHAMA曲」がもう一度陽の目をみることになります。直井さん本人が「あの曲やろうよ!」と自作デモテープを持ってきます。テープにはきっちりと当時のメロディーが打ち込まれていました。

藤原 – この時のチャマの打ち込みがちゃんと、俺が当時歌ってたメロディが入ってて。ああ、覚えてくれたんだなってね、それが嬉しくてね

ROCKIN’ ON JAPAN 2008.06 vol.333

つまり歌のメロディは英語詞の時と変わっていない当時のメロディのままということです。インディーズ時代の藤原さんのメロディ感がわかる生きた資料ですね。

でもベースは別物に変わっていたようです(笑)

藤原 – ベースラインとかも、その当時のイケイケなものではない、別のイケイケのものに変わっていて。

MUSICA 2008.07 

メインの作曲者は藤原さんでしたが、直井さん自身も「BUMP OF CHICKENの作曲者」としての自覚がありました。気楽な気持ちでデモテープを持ってきたようです。(ちなみにベストピクチャー、彼女と星の椅子以外にもインディーズ時代には直井作曲(&ボーカル)の日本語詞の曲があります。)

でもそこには直井さんの葛藤がありました。よく取材側が「藤原さんは天才だ!」と持ち上げると「いや、別に藤原はすごくない。あいつは普通だよ」とか「俺も曲を書くけど」と作曲者目線で語る場面があり、対抗意識を燃やす場面がこの時期見られます。

その気持ち、わかります。

天体観測が大ヒットして「藤原がすごい」「藤原が天才」て注目されることに対して素直に才能を認められないんです仲がいいからこそ、悔しいんです。だって、20歳そこそこですから。jupiter期の記事を読むと全員が「俺が!俺が!」精神で(笑)、3人とも何かを感じていたことが伺えます。

この曲を直井さんが持参したのには、そんな彼自身の葛藤がありました。

そして藤原さんは一つだけ条件を出して、この曲の再録をOKします。その条件とは「直井さん自身が歌詞を書くこと」です。

さて、今回は彼女と星の椅子の原曲〜再録までの流れを説明しました。次の記事では歌詞について解説します!

Eye-Catch Photo by Hernan Piñera