楽曲解説:「キャッチボール」増川弘明のギターから生まれた曲

「キャッチボール」はBUMP OF CHICKENのアルバム『jupiter』に収録されている楽曲です。BUMP OF CHICKENの楽曲で唯一、ギタリスト増川弘明さんが作詞作曲に関わった作品です。

2001年、藤原基央さんと増川弘明さんは2人で箱根に作詞合宿に行きました。実際に行われたバドミントンのやりとりを「キャッチボール」の歌詞にしました。

今回は「キャッチボール」の歌詞に意味や制作エピソードを紹介します。



「キャッチボール」基本情報

アルバム「jupiter」(2002年2月)

キャッチボール:基本情報:作詞:藤原基央/増川弘明
作曲:藤原基央/増川弘明
作曲時期:2000年冬~2001年夏
リリース:2002年2月20日「jupiter」 
ライブ初披露:2002年3月23日 POKISTA21 at 赤坂BLITZ

ギタリスト・増川弘明の素顔

中央大学理工学部に通う大学生

2018年度の中央大学「大学概要」に掲載されている

1999年4月、増川弘明さんは1浪を経て中央大学理工学部に入学します。2003年頃に退学するまで大学とバンド活動(と英語の塾講師)を両立していました。

増川さんはギターケースを持って大学に行くと「あ、バンドやってるんだ?」とか「バンド名教えてよ」と声をかけられるのが面倒に感じていたと語っています。

「キャッチボール」作曲までにリリースしていたCD(自主CD音源1枚、インディーズ3枚、メジャー2枚)

サークルやバンド活動でギターを持っている大学生はどこにでもいますが、まさかCD売上50万枚以上のギタリストとは周囲の学生も思わなかったでしょう。



RADIO HEADの映画を観て影響を受けた2人

2001年の冬、増川さんは藤原さんの家に遊びに行きます。二人は小さなテレビでRADIO HEADのビデオを観ることにしました。

藤原と増川が観たと思われるRadioheadのドキュメンタリー映画「Meeting people is easy」

画面の中の熱いパフォーマンスに影響を受けた増川さんと藤原さんは、急遽タクシーに乗って深夜にやっているスタジオを探して入ります(インタビューによっては歩いて行ったとの記述もあり、謎)。学生の深夜のテンションって感じで、いいですね。

RadioheadとBUMP OF CHICKEN1st Album 『FLAMEVEIN』に収録されている「ナイフ」の歌詞<<PROVE YOURSELF>はRadioheadの曲名に影響を受けている。

深夜のスタジオ 藤原×増川 幻の1曲

藤原さんと増川さんは深夜のスタジオでギターを鳴らします。増川さんは「曲を作ろうぜ」とオリジナルのリフを藤原さんに弾いてみせました。

増川 – ん、一番最初にやろうよ!みたいに持ちかけたのは俺で。「いいリフがあるんだよ」みたいな(笑)

最初に弾いたリフはカッコいいメロディでしたが楽曲としてはボツになります。藤原さん曰く「攻めすぎていた」ためでした。聴いてみたいですね(笑)

リフを弾く増川、それを拾う藤原

増川さんはその後も小さい音でリフを考え続けます。

藤原 – 増川が弾いてたリフがあって。これどうかなって弾くわけでなく、適当にずっとひとりでぼーっと弾いてる感じなんで、増川がね。聴こえるか聴こえないかくらいの音量で(笑)

目の前に圧倒的なスキルを持つギタリスト藤原さんがいたら、ちょっと奥しちゃいますよね。増川さんみたいな性格だったら尚更です。増川さんの出したアイデアを拾って膨らませる藤原さん、二人の友情が思い浮かびます。

藤原の才能 × 増川の意地

増川さんの「キャッチボール」と原形となるリフを聴いた藤原さん。「良いじゃん、それ。やろうよやろうよ」と懸命にアイデアを拾う藤原さんに対し、増川さんはこう答えます。

増川 – うん?ま、別にいいけど。じゃあ、どうする?  

当時のプライドの高さを感じます。現在メディアでは大人しいイメージの増川さんですが、インディーズ〜2003年頃は今よりも強気な発言をしていました。良く言えばイケイケな感じ、悪く言えば調子に乗っていましたし、当時は相当プライドが高かったと思います。

インディーズ時代のインタビュー『THE LIVING DEAD』発売時のインタビューでは先頭を切って「音にこだわった 〜」等の発言をする。現在レコーディングに関しては藤原、直井がメインで話している。

プライドの高さはインタビュアーの鹿野淳氏の「藤原基央と密室で作曲することについて」という質問への答えからも表れています。

– 藤原基央と密室で作曲することについて

増川 – 「ん?すごい楽しかったっすよ?あ、でもべつに、あいつが作ってる作業を見るのは、そんなに俺の中で新鮮なことでもないわけで。

精一杯の強がりというか、鹿野さんへの反抗を感じます。藤原さんへの嫉妬ではなく「自分もBUMP OF CHICKENのメンバーなんだ」というプライドです。

当時の直井さん、升さんも「自分とって藤原基央はただの幼なじみ」という強がりが出ていました。特に2002年頃までのインタビューを見ると如実に読み取れます。当然、増川さん自身にもBUMP OF CHICKENのギタリストとしての人一倍の自負があったのです。


藤原と増川の作詞

藤原さんは増川さんに一人で詞を書くよう勧めます。しかし増川さんの作詞がうまくまとまらなかったため、作曲同様に共作をします。

増川 – 『これはお前が持ってきたやつだから』とかいう感じで。一生懸命書いてたんだけど、俺はやっぱ、いかんせんね、上手く書けなくて。それをあいつがうまく拾ってくれて、これにしてくれたじゃないけど 

彼女と星の椅子「彼女と星の椅子」(作曲直井/作詞藤原)も当初藤原は直井自身で詞を書くよう伝えていた。藤原は「詞」と「メロディ」の両方揃って「曲」になるという思想があり、作曲者自身が歌詞を書くべきだと考えている。

関連記事:彼女と星の椅子 vol.2 – スターになりたい彼女とチャマ

バトミントンから生まれた歌詞

藤原 – まあ詞の中でキャッチボールやっているけど、ああいう感じでバドミントンやってて。で、そんなかでああいうキャッチボール見たいなものが行われてて。実際に曲を作っている最中にも、とりにくい変化球をね、いっぱい投げてきたので、俺は必死こいてとるっていうか。

藤原さんと増川さんは箱根の小さなコテージに泊まりながら詞を書きます。実際の野球のキャッチボールではなく、言葉のキャッチボールや音のキャッチボールだったりを指しています。

増川さんのリフを拾って。形にしてあげたり、詞をまとめてあげたり、増川さんが投げる”変化球”を藤原さんが一生懸命拾ってあげている様子が微笑ましく、”いつまでも続いていく”と良いなと思います。

ちなみに3日間くらいでキャッチボールを書きました。作詞をしているときは人で箱根に行き、コテージのようなところに泊まっていました。外は嵐の中で、1時間ほどで1番の歌詞を藤原さんは書き上げています。

「キャッチボール」ライブ演奏記録

演奏回数 13回  
演奏頻度 ★☆☆☆☆
初披露 2002年3月23日「POKISTA 21」赤坂BLITZ
最終演奏 2002年4月21日「POKISTA 21」ZEPP TOKYO
演奏ツアー 2002年「POKISTA 21

「キャッチボール」は2002年全国ツアー「POKISTA 21」で13回ライブ演奏されました。2021年現在、このツアー以来19年間演奏されていません。

BUMP OF CHICKENの楽曲のギターソロは藤原さんがCDレコーディングし、ライブで増川さんが再現するのが一般的です。「キャッチボール」はCD音源も増川さんが弾いており、同じ演奏者の音がライブで聴ける数少ない楽曲です。

以上、「キャッチボール」の藤原基央さんと増川弘明さんのエピソードの紹介でした。



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