楽曲解説:彼女と星の椅子 vol.1 チャマ17歳、初めてのオリジナル曲

「彼女と星の椅子」はBUMP OF CHICKENの『ハルジオン』(2002年)に収録されているのカップリング曲です。BUMP OF CHICKENの楽曲の中でも2曲しかない、ベーシストの直井由文さんが作曲した曲のひとつです。この記事では彼女と星の椅子のができるまでを解説します。



彼女と星の椅子:基本情報作詞作曲:藤原基央
作曲時期:1996-1997年
作詞時期:2001年
録音時期:2001年
リリース:2001年10月17日 4th Single『ハルジオン』M-02

チャマ17歳、初めてのオリジナル曲

1996〜97年、BUMP OF CHICKENのメンバーは毎週火曜日にチャマさんの実家(居酒屋おおいわ)のガレージに集まりバンド練習をしていました。4人の中で一番遅いのは通っている調理師専門学校が遠かったチャマさんでした。

1996-1997年のBUMP OF CHICKEN
・直井由文・・・調理師専門学校
・藤原基央・・・日の出学園高等部中退→フリーター
・増川弘明・・・佐倉高等学校
・升秀夫   ・・・佐倉高等学校
 *あいつは脱退しており既に4人で活動している

ある日、いつも通りガレージに最後にやってきたチャマさんは「藤くん、ちょっといい?」と得意気な顔で藤原さんを2階の自室に連れて行きます。

直井「曲作った。聴いてくんね?」

藤原「マジで?」

♪♪♪〜2本のベースが鳴り続ける

藤原「(ベース2本、面白いイントロだな)」

藤原「(・・・歌はまだかな?)」

藤原「(・・・お?そろそろ歌が始まるか?)」

カセット「ガチャッ(終了)」

藤原さんが聴いた曲は2本のベースが鳴っているだけの曲(歌なし)という斬新なスタイルでした。

直井 – 藤くんに、超恥ずかしいけど曲作ったから聴いてよっつって(笑)

藤原 – 聴き終えて、『いつはじまんの?』って

直井 – ははははは

ROCKIN’ ON JAPAN 2008.06 vol.333

別のインタビューでも同じように答えています。

藤原 – よし!って思ったら、ブチって切れて(笑)『えっ!?まだ始まってないよ?歌もないし、メロも入ってないし』って

直井 – 俺は『よくできた!』って(笑)

MUSICA 2008.07

さらに2004年のライブMCでも藤原さんにこのエピソードをいじられています。

アンコールで「彼女と星の椅子」演奏後

直井 – これは初めて作った曲です。ベースだけで作りました。藤くんには最初「何これ?」って言われた。

藤原 – だってベースだけだったんだもん。

直井 – 歌詞は藤くんと2人で作りました。

2004年10月8日「マイペガサス」ZEPP SENDAI公演でのMCにて

当時バンドメンバーで1人8,000円ずつ出し合って購入したMTRがありました。ちなみにこのMTRは直井さんの実家である居酒屋「おおいわ 」のガレージでそれらしきものがみれます(この時使用したものかは不明)。普段は藤原さんが保管していたのですが、直井さんはこの時に借りて録音していました。どこにでもあるバンド風景ですね。



CHAMA’s パンク愛が詰まった曲

デモテープ「アルエ」のジャケット(イラスト:直井由文)

藤原 – 当時は適当な英語でやってたんですけど。まずベースしか入ってなかったからコードをつけて・・・

MUSICA 2008.07

直井さんは、この曲に対してパンクのゴリゴリしたサウンドをイメージします。藤原さんがローコード(シャリーンっていう感じ)で演奏すると、直井さんは「そんなのヤだ!イメージと違う!」と言い拒否します。

藤原さんは試しにパワーコード(ギュイーンって感じ)で弾くと、直井さんは「それだ!」だとOKを出しました。藤原さん曰く”パンク坊や” だった頃でした。


英語で演奏されたインディーズ時代

インディーズ楽曲の作曲順推定図

「彼女と星の椅子」の原型は1996〜97年頃に作曲され、「ナイフ」や「アルエ」と同時代の楽曲だと推定されます。BUMP OF CHICKENの楽曲の中でもかなり古い曲に位置し、1stアルバム『FLAME VEIN』の「バトルクライ」「とっておきの唄」「ノーヒットノーラン」、2ndアルバム『THE LIVING DEAD』全収録曲よりも前に書かれた、BUMP OF CHICKENの原風景が残っている楽曲といえます。

藤原 – で、これに歌つけてっていう風に言われて。おっしゃあ、歌うわっつって歌って。まあ当時は英語でやってたんで。英語っつってもめちゃくちゃ英語ですけど。

出典:ROCKIN’ ON JAPAN 2008.06 vol.333

何度か英語バージョンとしてライブハウスで演奏されてきましたが、1999年の千葉LOOKを最後にこの曲は「未発表曲」扱いとなりました。

チャマの『あの曲やろうよ!』で復活

3rd Maxi Single ハルジオン

<’01春〜夏>
4月と7月に全国ツアー。ハルジオンとメロディーフラッグの2つの新曲を練習・レコーディング。

2001年春〜夏、お蔵入りになっていた「CHAMA曲」がもう一度陽の目をみることになります。直井さん本人が「あの曲やろうよ!」と自作デモテープを持ってきます。テープにはきっちりと当時のメロディーが打ち込まれていました。

藤原 – この時のチャマの打ち込みがちゃんと、俺が当時歌ってたメロディが入ってて。ああ、覚えてくれたんだなってね、それが嬉しくてね

ROCKIN’ ON JAPAN 2008.06 vol.333

つまり歌のメロディは英語詞の時と変わっていない当時のメロディのままということです。インディーズ時代の藤原さんのメロディ感がわかる生きた資料ですね。

でもベースは別物に変わっていたようです(笑)

藤原 – ベースラインとかも、その当時のイケイケなものではない、別のイケイケのものに変わっていて。

MUSICA 2008.07 

メインの作曲者は藤原さんでしたが、直井さん自身も「BUMP OF CHICKENの作曲者」としての自覚がありました。気楽な気持ちでデモテープを持ってきたようです。(ちなみにベストピクチャー、彼女と星の椅子以外にもインディーズ時代には直井作曲(&ボーカル)の日本語詞の曲があります。)

でもそこには直井さんの葛藤がありました。よく取材側が「藤原さんは天才だ!」と持ち上げると「いや、別に藤原はすごくない。あいつは普通だよ」とか「俺も曲を書くけど」と作曲者目線で語る場面があり、対抗意識を燃やす場面がこの時期見られます。

その気持ち、わかります。

天体観測が大ヒットして「藤原がすごい」「藤原が天才」て注目されることに対して素直に才能を認められないんです仲がいいからこそ、悔しいんです。だって、20歳そこそこですから。jupiter期の記事を読むと全員が「俺が!俺が!」精神で(笑)、3人とも何かを感じていたことが伺えます。

この曲を直井さんが持参したのには、そんな彼自身の葛藤がありました。

そして藤原さんは一つだけ条件を出して、この曲の再録をOKします。その条件とは「直井さん自身が歌詞を書くこと」です。

さて、今回は彼女と星の椅子の原曲〜再録までの流れを説明しました。次の記事では歌詞について解説します!

Eye-Catch Photo by Hernan Piñera

「MUSICA」2008年7月号 カップリング全曲解説




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