BUMP OF CHICKENの楽曲「東京賛歌」の歌詞の意味と制作背景について解説します。
2007年のシングル「花の名」のカップリング曲として収録されている「東京賛歌」。作詞作曲を手がけた藤原基央さんの上京時の原体験に基づく楽曲です。
「東京賛歌」に込めた思いとは何か、藤原さんの上京時の思いとは何か。そのエピソードを解説していきます。
「東京賛歌」基本情報
作詞・作曲 | 藤原基央 |
編曲 | BUMP OF CHICKEN & MOR |
作曲時期 | 2007年7月7日以降(*諸説あり) |
収録作品 | 2007年10月24日 シングル「花の名」 |
2008年06月18日 アルバム「present from you」 |
「東京賛歌」作曲エピソード
2007年7月頃、藤原さんは「花の名」に続いて「東京賛歌」を作曲します。「orbital period」収録曲の「ひとりごと」「時空かくれんぼ」のデモを制作して、夏フェス出演の準備をしていた頃です。
ゼロからシナリオの筋を立てて書いた「東京賛歌」
直前に書いた「花の名」は過去のメモやアイデアを1つに繋いで作ったのに対し、「東京賛歌」の歌詞はまっさらな状態からシナリオの筋を立てて書きました。
藤原 – 今回(東京賛歌)はちょっと、逆に筋を立てて書いてみたいなって言うのがあって。
出典:「ROCKIN’ ON JAPAN」2007年11月号
タイトル(東京賛歌)にはBUMP OF CHICKENの楽曲で珍しく地名が入っています。藤原さん曰く、詞の主題を歌える街として自分の経験が東京だっただけで、《東京》でなくても《ロサンゼルス》でもなんでも良かったと言います。
藤原 – この歌詞の中で歌われてるような街が、僕にとって、僕の知る限りでは”東京”だったってことで。
出典:「B-PASS」2007年11月号
「東京賛歌」の歌詞の意味
“怒り”が原体験にある歌詞
「東京賛歌」は藤原基央さんの《怒りの原体験》を基に歌詞が書かれました。
藤原 – すごく付き合いの古い怒りなんですけど。そこからはじまった曲で。
藤原さんの怒りの原体験は、文字に起こすと《20万字に及ぶ》と揶揄するほど非常に根深い怒りですが、インタビューなどでは怒りの真相については語られていません。
嘘が多いとか 冷たいとか
星が見えないとか 苦情の嵐
上手くいかないことの 腹いせだろう
ここは幾つも受け止めてきた引用元:「東京賛歌」/ 藤原基央
怒りの正体についてはどのインタビューでも明かしていませんが、歌詞をふまえると《日常がうまく行かない事への憤りを環境のせいにする》自分に対する怒りだと解釈できます。
若くして上京した藤原基央
藤原さんは高校を1年秋で退学し、地元でアルバイト生活を経て17-18歳頃に徐々に東京に出始めます。
千葉県佐倉市の実家でも暮らしながら、東京のお姉さんの家、先輩の家、その先輩の彼女の弟の家などギター1本とシャツ2,3枚を持って転々としました。
家がない時は新宿中央公園に寝泊まりし、公園の浮浪者にゆでたまごをもらうなどして生活します。
藤原 – メシ食えたら奇跡だと思ってましたから。本当に “今日、財布の中、5円しか入ってないよ、これじゃメシ食えないよな”とか。
“吉野家の牛丼がご馳走だった”というほど困窮していたと言いながら、日雇い派遣のアルバイトでの日々がとても面白かったと明かしています。
そんな背景を踏まえて「東京賛歌」の歌詞を読むと、藤原さんの当時の気持ちがリアルにつたわってきます。
何をしにきたんだっけ
誰のためなんだっけ
道路も線路も繋がってるけど そりゃそうだけど勝手に飛び出して 勝手に辿り着いた
この街だけが知ってるよ
忘れた夢の 引き出しを引用元:「東京賛歌」/ 藤原基央
16歳で高校中退し、敷かれたレールから自分の足で歩きはじめた少年時代の藤原さん。《勝手に飛び出して 勝手に辿り着いた》東京での原体験が「東京賛歌」では描かれているのではないでしょうか。
うまく行かないのは街のせいではない
「東京賛歌」を書いた28歳の藤原さんは「東京」という街について次のように語っています。
藤原 – 東京のことを思うと、ちょっとかわいそうで涙がそうになりますね、本当に(笑) 東京はほんと優しい街。あいつは悪くない
出典:「ROCKIN’ ON JAPAN」2007年11月号
高校中退後は親に家賃を納めなければならず、家族関係もギクシャクしていた藤原さんにとって、東京に出たことは結果として良かったと思います。
その後、18歳頃にベーシスト・直井由文さんと都内で家賃8万円の部屋をシェアし、バンド活動が加速していくことになります。
藤原が20歳を振り返るインタビューが掲載「B-PASS」2005年12月号
「東京賛歌」制作エピソード
2007年7月〜8月、BUMP OF CHICKENのメンバーは夏フェス出演の間に「東京賛歌」の本番レコーディングに臨みます。
この時のセッションでは「メーデー」「花の名」「ガラスのブルース(28 years round)」「東京賛歌」の4曲を録音しました。
新しい試みをした藤原基央のギター
「東京賛歌」の最大の特徴はカントリーテイストなバンドサウンドです。
BUMP OF CHICKENには「DANNY」「ダンデライオン」「車輪の唄」などのカントリー曲がありますが、「東京賛歌」のアコースティックギターの奏法は完全に新しいアプローチでした。
藤原 – “東京賛歌”の方のアルペジオは、初めてチャレンジしたスタイルで、(中略) 親指のベース音がランニングしていくっていうのは初めてやったんですね。
出典:「B-PASS」2007年11月号
アルペジオはレコーディングでは藤原さんが弾いていますが、のちに「ホームシップ衛星」のリハーサルを行う際にギタリスト・増川弘明さんを苦しめることになります。
“完全にひとつ”を意識した直井由文と升秀夫
ドラムを叩く升秀夫 画像埋込元:X @boc_chama
「東京賛歌」は作曲からレコーディングまで時間の余裕がなく、短期間で練習する必要がありました。ベーシスト・直井由文さんは私生活でカントリーソングのCDを繰り返し聴いて勉強します。
その勉強の中で気づいたことは、ドラムのキック(バスドラム)とベースの音が完全に合体していることでした。
直井 – バスドラとベースがひとつ、完全にひとつの楽器っていうニュアンスでレコーディングに臨んだ。すげー恥ずかしいぐらい練習しましたね(笑)
練習に励んだ直井さんでしたが、ドラムス・升秀夫さんは「東京賛歌」の練習は1回もしなかったと明かしています。”練習の鬼”と称されるストイックな升さんですが、曲によってメリハリがあることがわかります。
初めてブルースハープを使用
「東京賛歌」はレコーディングでブルースハープが初めて使用されました。BUMP OF CHICKENの楽曲としては他に「歩く幽霊」などがあります。
「東京賛歌」ライブ演奏記録
ツアーリハーサルの様子 画像埋込元:X @boc_chama
演奏回数 | 0回 |
演奏頻度 | ☆☆☆☆☆ |
初披露 | N/A |
最終演奏 | N/A |
演奏ツアー | N/A |
「東京賛歌」はリリースから17年間1度もステージ演奏されていない曲です。
2008年「ホームシック衛星」でリハーサルで試すも断念・・・
一度も演奏されていない「東京賛歌」ですが、実は2008年の全国ライブハウスツアー「ホームシック衛星」のリハーサルで試され、ギタリスト・増川弘明さんはツアーで一番練習したと明かしています。
増川 – ・・・ハーモニカが入ってるからライブでできなかったっていうのもあるけど、俺がこのアルペジオを引けなかったていうのも結構あると思う。
しかし藤原さんのハーモニカと歌が被ること、増川さんのアルペジオが難しいことなどを理由に本番のステージではお蔵入りとなった幻の楽曲になりました。
増川さんは今後のツアーでの演奏を “狙っていきたい” と語っていますので、これからのツアーに期待ですね!
以上、BUMP OF CHICKENの「東京賛歌」の歌詞の意味と制作エピソードについて解説しました。この記事を読んで新しい聴き方を見つけていただければ幸いです。ありがとうございました。