楽曲解説 : fire sign vol.1 – 悩める増川に贈られた曲

fire signは4枚目のアルバム「ユグドラシル」(2004年)に収録されている曲です。アルバム曲にもかかわらずとても人気が高く、ファンの間ではアンコールをかける際に合唱で歌われるなど特別な曲です。そんなfire signは藤原基央さんがギターの増川さんの誕生日に贈ったプレゼント曲として知られています。




曲を渡したその日にプリプロ音源作成

2003年12月20日、ギタリストの増川弘明さんの誕生日に藤原基央さんから贈られました。増川さん、升さん、藤原さんの3人がスタジオに集まっている中でのプレゼントだったそうです。その日のうちに藤原さんはギター1本と歌の仮録りを行いプリプロ音源を制作しました。この時に録られたボーカルテイクはリラックスしてザラッとした感じの歌声ですごく良かったそうですが、本番のテイクで差し替えられました。プリプロ版の音源もぜひ聴いてみたいものです。

ちなみに直井さんは次の日にスタジオに現れた時に「新曲聴いた?」と聞かれて何のことかわからず、思わず「誰の?ニールヤング?出したの?」と答えてしまいました。当時は藤原さんが新曲を持ち寄る時は、その前に雰囲気でわかるらしく、fire signのように突然持ってくることはなかったので驚いたそうです。

一口坂スタジオ(東京都千代田区九段北)*2012年1月に閉業。jupiterからCOSMONAUTまでここで録音された

“いくつもの修羅場を超えた音”

2003年12月にメンバーに渡されたこの曲は、ちょうどアルバム制作(ユグドラシル)の中盤でした。

2003年12月時点で出きあがっていた曲
リリース済み:ロストマン、スノースマイル
レコーディング済み:embrace、同じドアをくぐれたら、車輪の唄、レム
プリプロ済み:オンリーロンリーグローリー
*ギルドは冬に作曲されたのでfire signと同時期、太陽は詳細不明

ユグドラシルの制作はメンバー達にとって試練のアルバムになりました。jupiterまでの「自分の出したい音」を奏でるのではなく、「曲が求める音」を追求するために、それまでになかったアイデアや演奏が求められました。しかしfire signのアレンジを決める際はそれぞれが何をすべきかわかっていました。

“明るい表情をしているけれども、この和音とこのメロディーとこの詞がくぐり抜けてきた修羅場っつうのは相当な数だと思います(笑)。この曲に関してはもう。「車輪の唄」の時とは違って、他のメンバーもやるべきことが既にわかってた感じでしたね。ある種の予定調和感すら感じましたし。”  藤原 -JAPAN2004-




悩める増川さんに贈った曲

当時増川さんはバンドを脱退するかどうかで悩んでいたとネットでは言われています。脱退という具体的な話は噂レベルですが、①藤原さんがインタビューで「個人レベルで色々あった」、「(2003年夏頃)バンドと疎遠だった」と言っていること、②同時期のembraceと同じドアをくぐれたらの2曲のレコーディングに増川さんが参加していない(参加させられなかった)こと、③fire signの歌詞の内容、の3つを考えると明らかにバンドと増川さんとバンドの関係で何かがあったことがわかります。

“今思ってみると・・・・・ああいう曲、僕らに限らずシングアロングできたりとか、ちょっとゴスペル風のノリを持ってる曲、パーティソング的な匂いを持ってる曲?そういってしまってもいいと思うんですけど。歌ってる内容そんなこと言ってらんないような状況なんですけれども(笑)、そういう曲に対する先入観っていうのが今あまりよろしくない状況にあると思うので。そういう意味ではリスキーでもあるなと今でもおもいますけど。でも圧倒的に伝わるでしょう、おそらく。そのための10曲分の物語があるとおもいます、とりあえず昨日までのことは棚に上げてワッと騒ごうぜっていうような、無責任な響きを持っているわけじゃないし。そういう風に取られたくないんですよね。” 藤原-JAPAN2004-

藤原さんの増川さんに対する想い

fire signの歌詞を見てみると、”星は廻る 世界は進む おいてけぼりの心の中に”というフレーズがあります。これは藤原さんの目に映った増川さんの姿をそのまま表現しています。増川さんは中央大学に1浪して入学したものの、研究に大きな時間を費やす必要になりバンド活動への時間を割くことが難しくなっていきました(大学で留年もした?)。1998年に浪人中の増川さんを抜いた3人でライブに出たこともあり、学業とバンドとの平行活動が難しかった増川さんと、その他の3人との温度差があったと思われます。(私の想像ですが、藤原さん、直井さん、升さんは脱退を進めたりは決してせず、増川さんに学業に本腰を入れるのならそれでも構わない姿勢だったのだと思います。ただ「バンドは先に進んでいくよ」ということはハッキリ伝えたはずです(同じドアをくぐれたらでの発言より))。

2番の歌詞、”汚れた猫が歩いてく 「行き」の道か 「帰り」の道か“は増川さんの自分のどちらにもつかない優柔不断だった様子、そして”支えてきた旗を 今まさに 引き抜こうと決めた人がいる“は一旦脱退を決めたのだとも受け取れます。

詞の真意は作者しかわかりませんし、解釈は聞き手に委ねられると思います。私の言うことが正解だとは思いませんが、曲の最後の歌詞は悩める増川さんに対する藤原さんの気持ちが現れているのは間違いないでしょう。

歌うように 囁くように 君を信じて待ってる

増川さんの想い

fire signが誕生日に贈られた曲だということは幅広く知られていますが、アルバム発売当時は作曲経緯については全く触れられてきませんでした。バンド内のことについて外部に話したくないと言った気持ちや、増川さんの中で「自分贈られた曲だ」と胸を張って言えなかったのかもしれません。(歌詞の内容を見たらすぐに脱退について勘ぐられますし。)けれども夏のイベント、ツアーと計40本ほどのライブをこなした後の2004年12月12日幕張メッセのライブでは1万5000人の前で「この曲は藤原が去年の誕生日にプレゼントしてくれた曲です」と増川さんが自分でMCをしています。この時には胸を張って「自分のことを歌った唄だ」と言えるようになりました。

プレゼントされた1年後にこの曲を一緒に演奏できてよかったですね。