楽曲解説 : fire sign vol.1 – 悩める増川に贈られた曲 *2018.5/2更新

fire sign
作詞/作曲 藤原基央
リリース:2004年8月25日 (4th Album「ユグドラシル」)
作曲時期:2003年12月20日以前
プリプロ作成:2003年12月20日/一口坂スタジオ
ライブ初披露:2004年8月5日韓国ソウルSOUND HOLIC

fire signはBUMP OF CHICKENの4枚目のアルバム「ユグドラシル」に収録されている曲です。アルバム曲にもかかわらず人気が高く、ライブのアンコールをかける際に合唱で歌われるなどファンの間で特別な曲です。そんなfire signは、藤原基央さんがギターの増川弘明さんの誕生日に贈ったプレゼント曲として有名です。

4th Album「ユグドラシル」(2004年8月25日)。”曲が求める音”という基本理念を形にした一つの到達点となるアルバム。




増川弘明への誕生日プレゼント

一口坂スタジオ(東京都千代田区)。ユグドラシルからCOSMONAUTまでのレコーディングスタジオとして使用された。

藤原の弾き語りデモテープ

2003年夏〜冬、藤原さんは別の楽曲のレコーディング中にfire signを書き上げます自宅で作曲することが多い藤原さんですが、珍しくスタジオで1日で書きました。

藤原 – レコーディング中とかでも書くことはできるんだなと思いました。あんまりなかった経験です。で、弾き語りでデモテープを録らせてもらって。

曲を渡した日にプリプロ制作

2003年12月20日、一口坂スタジオに増川さん、藤原さん、升さんの3人で作業をしていました(直井さんは不在)藤原さんは増川さんへの誕生日プレゼントとしてfire signを贈ります。

増川さんに曲を聴かせた後、藤原さんはギター1本と仮歌だけのプリプロ音源を制作します。プリプロ版のボーカルテイクはリラックスしてザラッとした感じの歌声ですごく良かったのですが、本番のテイクで差し替えられました。




「修羅場を超えた音」

2003年12月頃はユグドラシル制作の中盤です。同アルバムでは<曲が求める音を追求する>という理念を最優先事項に掲げます。そのため、曲の形に合っていないドラムやベースなどのアレンジに対して互いにNGを出し合い、これまでにない厳しい姿勢で曲と向き合います。

2003年12月 ユグドラシル制作状況(fire sign制作前)

リリース済み ロストマン、スノースマイル
レコーディング済み embrace、同じドアをくぐれたら、車輪の唄、レム
プリプロ済み オンリーロンリーグローリー

※ギルドとfire signとほぼ同時期、太陽は詳細不明

藤原 – 明るい表情をしているけれども、この和音とこのメロディーとこの詞がくぐり抜けてきた修羅場っつうのは相当な数だと思います(笑)。この曲に関してはもう。「車輪の唄」の時とは違って、他のメンバーもやるべきことが既にわかってた感じでしたね。ある種の予定調和感すら感じましたし。 

ROCK’IN ON JAPAN 2004.08

同アルバム初期の楽曲(embrace、同じドアくぐれたら、車輪の唄)では直井さん、升さんの二人は苦戦します。しかし、レコーディングを通してレベルアップをしたメンバーは、fire signの頃には自分たちがどんな音を出すべきなのか理解していました。

悩める増川さんに贈った曲

当時増川さんはバンドを脱退するかどうかで悩んでいたと言われています。脱退という具体的な選択肢はネットの噂レベルですが、客観的にみても上の3点から増川さんと3人の関係性に何かあったことがわかります。

① 藤原の「個人レベルで色々あった」「バンドとは疎遠だった」というインタビュー発言
② 増川の”embrace”と”同じドアをくぐれたら”へのレコーディング不参加
③ “fire sign”の歌詞の内容

藤原 – そうそう、個人的なレベルでいろいろあって『まあ、あんま言えないすけど』みたいな事言ってたじゃないですか。

2004.08 ROCKIN’ ON JAPAN 

当時、増川さんは大学留年、中退、けっこnという悩みがありました。特に増川さんはバンド活動と学業の両立が難しくなっていました。中央大学に1浪して入学したものの、理系の研究に時間を費やす必要があったためです(大学で留年もした?)。インディーズの時に浪人中の増川さんを抜いた3人でライブに出たこともあり、学業とバンドとの平行活動が難しかった増川さんと3人の間には、温度差があったと思われます(私の想像ですが、3人は脱退を進めたりは決してせず、増川さんに学業に本腰を入れるのならそれでも構わない姿勢だったのだと思います。ただ「バンドは先に進んでいくよ」ということはハッキリ伝えたはずです(同じドアをくぐれたらでの発言より))

藤原 – パーティソング的な匂いを持ってる曲?そういってしまってもいいと思うんですけど。歌ってる内容そんなこと言ってらんないような状況なんですけれども(笑)、そういう曲に対する先入観っていうのが今あまりよろしくない状況にあると思うので。そういう意味ではリスキーでもあるなと今でもおもいますけど。でも圧倒的に伝わるでしょう、おそらく。そのための10曲分の物語があるとおもいます、とりあえず昨日までのことは棚に上げてワッと騒ごうぜっていうような、無責任な響きを持っているわけじゃないし。そういう風に取られたくないんですよね。

2004.08 ROCK’IN ON JAPAN 


藤原さんの増川さんに対する想い

星は廻る 世界は進む おいてけぼりの心の中に

fire signの歌詞には<星は廻る 世界は進む おいてけぼりの心の中に>というフレーズがあります。これは藤原さんの目に映った増川さんの姿をそのまま表現しています。

汚れた猫が歩いてく「行き」の道か「帰り」の道か
支えてきた旗を 今まさに 引き抜こうと決めた人がいる

2番の歌詞、<汚れた猫が歩いてく「行き」の道か「帰り」の道か> は増川さんの自分のどちらにもつかない優柔不断だった様子、そして<支えてきた旗を 今まさに 引き抜こうと決めた人がいる>は一旦脱退を決めたのだとも受け取れます。

詞の真意は作者しかわかりませんし、解釈は聞き手に委ねられると思います。私の言うことが正解だとは思いませんが、曲の最後の歌詞は悩める増川さんに対する藤原さんの気持ちが現れているのは間違いないでしょう。

“歌うように 囁くように 君を信じて待ってる”

増川さんの想い

fire signが誕生日に贈られた曲だということは幅広く知られていますが、アルバム発売当時は作曲経緯については全く触れられてきませんでしたバンド内のことについて外部に話したくないと言った気持ちや、増川さんの中で「自分贈られた曲だ」と胸を張って言えなかったのかもしれません(歌詞の内容を見たらすぐに脱退について勘ぐられますし)

でも夏のイベント、ツアーと計40本ほどのライブをこなした後の2004年12月12日幕張メッセのライブでは1万5000人の前で「この曲は藤原が去年の誕生日にプレゼントしてくれた曲です」と増川さんが自分でMCをしています。この時には胸を張って「自分のことを歌った唄だ」と言えるようになりました。

プレゼントされた1年後にこの曲を一緒に演奏できてよかったですね。