4th Album 『ユグドラシル』

楽曲解説「embrace」温もりについて書いた曲

4th Album 『ユグドラシル』

「embrace」はBUMP OF CHICKENのアルバム『ユグドラシル』収録曲です。サビの〈腕の中へおいで〉という歌詞と、終盤にかけて熱を帯びていくサウンドが特徴のミディアムナンバーです。

「embrace」(エンブレイス)は英語で「抱擁」を意味し、《温もり以外は信用しない》とするボーカル・藤原基央さんの哲学が込められています。

そして「embrace」が書かれた時、藤原さんとBUMP OF CHICKENのメンバーの間では距離感があったといいます。優しい曲に隠された、バンド内の葛藤と成長を紹介します。


「embrace」基本情報

アルバム「ユグドラシル」(2004年)

4th Album『ユグドラシル』「曲の求める音を奏でる」を至上命題に制作されたアルバム。前作「jupiter」に比べサウンドは精細かつ洗練され、BUMP OF CHICKENの制作活動の根幹となる理念を体現した最初の1枚。

作詞・作曲藤原基央
編曲BUMP OF CHICKEN
作曲時期2003年8月16日以前
録音時期2003年秋
収録作品2004年8月25日 アルバム「ユグドラシル」
ライブ初披露2003年8月16日 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2004

「embrace」作曲背景

2003年の春先〜初夏、ボーカル・藤原基央さんは自宅で大声で歌いながら「embrace」を書きます。ギタリスト・増川弘明さんが遊びに来た日に「embrace」の構成がまとまります。

増川 – 最初に聴いたのは (藤原の)家だったような。(中略) イントロとBメロがなくて “腕の中へおいで”とか断片的な情報しかなくて。でも俺がたまたまいた1時間ぐらいの間に完成して

引用元:「what’s IN?」2004年7月号



藤原基央とBUMP OF CHICKENの疎遠

ROCKIN’ ON JAPAN 2004年1月号2003年はツアー後、制作期間に入りメディア露出が少なくなった。2003年後期メンバーを捉えた貴重な1枚。

仲が良いイメージの強いBUMP OF CHICKEN。6月のツアーを終えて作曲活動をしている頃、藤原さんとバンドの間に距離があったと明かしています。

藤原  うーんと…バンドとはちょっと疎遠でしたね。そんな記憶はありますね。ま、他のメンバーがずっとスタジオに入ってて、俺は曲を作ってたっていうのもあるんですけどね。

藤原さんの単独作業が増えたことによる物理的な距離に加え、バンドに対しても心理的な距離が遠ざかっていました。同時期に書かれた「同じドアをくぐれたら」ではメンバーの演奏に対して、藤原さんは《覚悟》を求めます。

藤原 – 「同じドアをくぐれたら」を書いたときにもう意図的に、ちゃんと覚悟しなきゃプレーできねえような曲にしてしまえと思って。

ROCKIN’ON JAPAN 2004年8月号

それに加え、2003〜2004年にかけてメンバーに色々なことが起きていたと明かしており、藤原さんも「個人レベルで色々良くない事があった時期」と形容しています。

増川の脱退問題の真相

ネット上で噂になっている「増川脱退」の話はあながち嘘ではないと思います。私見ですが、それについては「fire sign」の記事で書きましたので、気になる方は読んでみてください。

メンバーが増川さんの学業について議論したのかは不明です。ただ、”BUMP OF CHICKENは前に進み続ける”ということは決まっていました。

他にも増川さんのけっこnケフンケフン、プライベートな出来事も同時期にあったようで、「増川さんがバンドとどう向き合うのか」という問題があったことは十分考えられます。

レコーディング前に夏フェスで披露した理由

2003年夏フェスに出演したBUMP OF CHICKEN

「embrace」は作曲後、アレンジもろくに決まらないまま夏フェスで披露されています。当時のことを藤原さんは雑誌「Fujiki」で以下のように語っています。

・デモ音源すらない段階でライブ
・理由はいろいろあった
・メンバーは緊張していた
・アレンジ不足も痛感
・それよりも新曲の生まれたての湯気が出てる馬みたいな、生命を主張している感じをみんなに見てもらえて嬉しかった

デモテイクも録らずアレンジも裸の状態でライブで披露するということは珍しいです。BUMP OF CHICKENとしてはそうせざるを得ない特別な状況だったことがわかります。

さまざまなバンド内の葛藤があった中で、新曲をフェスの大観衆の前でプレイするという大胆な行動で現状打破しようとしていたのでしょうか。



「embrace」の歌詞の意味

「embrace」は英語で「抱擁」(名詞)、「抱きしめる」(動詞)を意味します。サビの歌詞では《腕の中へおいで》というフレーズがあり、文字通りの直接的な描写がある曲名です。

腕の中へおいで 怖がらないでおいで
生きてるものを見つけただけ
確かなものは 温もりだけ

引用元「embrace」/ 藤原基央 2004年)

温度という最も信頼できる情報

インタビューから「embrace」は《温もり》をテーマに歌った曲であることがわかります。

藤原 - ほんとに温もり以外は信用してないところがあります、僕は。それ以外のものは、何か落とし前をつけないと信用出来ない部分がありますね、やっぱり。だから電車に乗るっていう作業。俺がここにいていい理由。それは俺がちゃんとお金を払って切符を買ったから、っていうことで信用出来ます。温もり以外のものは、そうやって信用するしかないです

1サビとラストで《確かなものは温もりだけ》というフレーズが2度歌われていることからもその主題性を伺えます。

未発表バージョンの歌詞に登場する”温もり”

アルバム収録より先に、2003年8月31日 北海道で開催された「RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO」で未発表曲「エンブレイス」として披露されています。

この時に藤原さんは2番Bメロを次の歌詞で歌っています。

呼吸の音がする 柔らかい匂いもする
願わくば手のひらにも ひとつ情報が欲しい

2003.08.31 RISING SUN ROCK FESTIVAL公演

手のひらでわかる情報とは《温もり》です。レコーディング時に別の歌詞と差し替えられますが、この未発表曲時代の歌詞は、その後の2004年と2015年のライブでも歌われています。藤原さんにとっては捨てがたい歌詞なのでしょうか。



 

「embrace」制作エピソード

「jupiter」らしさを感じさせるネイキッドなアレンジ

「embrace」「同じドアをくぐれたら」は『ユグドラシル』のアルバム曲で最初に制作された曲です。このうち「embrace」は《色々な理由》(藤原談) からアレンジも決まらないまま夏フェスで披露しました。

通常は作曲後、デモ音源制作 → アレンジ決め → プリプロ制作 → 本番レコーディングの順で行うところ、「embrace」では全ての過程を飛ばしてライブで披露されたのです。『ユグドラシル』でレコーディングされる際も、フェスで披露されたアレンジとほとんど変わっていません。

その結果、アルバム曲の中では最もシンプルかつネイキッドなアレンジになっています。まさに「jupiter」〜「ユグドラシル」の間の過渡期の楽曲といえます。

ベースを基礎から理解する努力(直井由文)

直井由文さんの弾くベースラインはメロディアスに動き回るのが特徴で、藤原さんのボーカルのメロディラインと音がぶつかることもありました。

「embrace」では目立ちたい気持ちをぐっと押さえ、《曲の求める形》を優先したプレイを選択します。

直井 – やたら話をしたのを覚えてる。もっと後ろで重たく鳴らしたいとか。感覚ではなくて、それをちゃんと音符で。(中略) より音楽を深く理解した曲第一弾。ほんと、ベースの「ベ」の字をようやく理解したんだろうなっていう1曲目ですね。

この曲では初めてクリック音(メトロノーム)を聴きながらハネモノのリズムを練習しました。「embrace」では曲の重心をしっかり支えるベースプレイを弾いています。

「スノースマイル」まで感覚で演奏していたという直井さん。「embrace」に向き合うために理論的なアプローチで試行錯誤していたことが読み取れます。まさに「ユグドラシル」期の始まりの1曲と言えるでしょう。

メロディラインを考慮して叩いた升秀夫

藤原さんが「embrace」を書いたとき、CD音源よりもハネモノっぽい曲調でした。ドラムス・升秀夫さんはハネモノを意識しつつスクエアな叩き方で曲調に重さを足しています。

升 – この手(ハネモノ)の曲は「スノースマイル」が初めてだったんですけど、これはだんだん方法論ができてきた時の曲です。

引用元:「what’s IN?」2004年7月号

バンド初のレギュラーチューニング

「embrace」ではバンド初となるレギュラーチューニング(一般的な調律)で演奏されています。デモテープ時代からギターとベースが半音下げでの調律(半音下げチューニング)で演奏されていましたが、「embrace」ではバンド活動の既成概念を変えようとしていることが伺えます。

レコーディング不参加の増川弘明

ギター・増川さんは「embrace」「同じドアをくぐれたら」の2曲のレコーディングには参加していません。学業、技術力不足、当時抱えていたバンド内の問題によるものだと思われます。

 

「embrace」ライブ演奏記録

2015年7月30日 Special Live 2015 にて「embrace」で初めてハンドマイクで歌う藤原基央

演奏回数83回  
演奏頻度★★★☆
初披露2003年8月16日「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2003」北海道石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージ
最終演奏2023年5月28日「BUMP OF CHICKEN TOUR 2023 be there」さいたまスーパーアリーナ
演奏ライブ
※ワンマンライブのみ
2004年「MY PEGASUS
2004年「LIVE AT PLANETARIUM
2006年「run rabbit run
2006年「LIVE IN SEOUL
2012年「GOLD GLIDER TOUR 2012
2015年「Special Live 2015
2017-2018年「TOUR 2017-2018 PATHFINDER

2023年「TOUR 2023 be there

演奏機材

藤原基央 – Gibson Les Paul Special (2カポ)
増川弘明 – Gibson Les Paul Standard 
直井由文 – Sonic Jazz Bass (初号機) / Fender Jazz Bass など

「embrace」は『ユグドラシル』収録曲の中ではよく演奏されています。同期SEも必要とせず、シンプルな演奏であるため近年ではアンコールなどで演奏されることが多いです。

アコースティックバージョンで披露

2005年8月10日 LIVE AT PLANETARIUM(愛・地球博ささしまサテライトスタジオ会場)にてリハーサルを行うメンバー

「embrace」はこれまで2回(延べ5公演)アコースティックバージョンで披露されています。

「GOLD GLIDER TOUR 2012」は映像作品としてリリースされていますので視聴することが可能です。

「embrace」ライブ映像作品

映像作品「BUMP OF CHICKEN GOLD GLIDER TOUR 2012」(2012年7月3日東京都代々木第一体育館公演収録)
アルバム「Butterflies」初回限定版特典DVD(2015年8月4日「Special Live 2015」収録)Butterflies BUMP OF CHICKEN

以上、BUMP OF CHICKEN 「embrace」の制作背景と歌詞の意味について紹介しました。




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