5th Album『orbital period』

BUMP OF CHICKEN「プラネタリウム」歌詞の意味と制作エピソード

5th Album『orbital period』

「プラネタリウム」は2005年に発表したBUMP OF CHICKENのシングル曲です。

「プラネタリウム」とはボーカル・ギター藤原基央さんが少年時代に作った手作りプラネタリウムを意味し、メンバーが”夏の匂いがする曲”と喩える数少ない楽曲です。

「バンプ= ギターロック」というイメージを刷新する、繊細なアルペジオとe-bowの浮揚感あるサウンドが魅力的なミディアムナンバーです。


「プラネタリウム」基本情報

シングル「プラネタリウム」

作詞・作曲 藤原基央
編曲 BUMP OF CHICKEN & MOR
作詞時期 2005年初頭〜春
作曲時期 2005年初頭〜春
録音時期 2005年4〜6月頃
収録曲 M-01.「プラネタリウム」
M-02,「銀河鉄道」
リリース 2005年7月21日 シングル「プラネタリウム」
2007年12月19日 アルバム「orbital period」
2013年7月3日 ベストアルバム「BUMP OF CHICKEN II [2005-2010]」
ライブ初披露 2005年7月24日「SET STOCK’05」 広島国営備北丘陵公園

「プラネタリウム」作曲エピソード

2005年初頭〜春、「プラネタリウム」は藤原基央さんによって作曲されます。

『ユグドラシル』制作時に遡るアイデア

「プラネタリウム」の原型は『ユグドラシル』制作期間にまで遡り、1番の歌詞も出来上がっていました。さらに歌詞とは別にメロディ、コード進行のアイデアを持っていたといいます。

藤原 – アイデア自体は『ユグドラシル』ぐらいの時からあったんじゃないかな、たぶん。サビメロとか、サビの詞、全体のコードとか。全部バラバラでありました。

引用元:B-PASS 2005年9月号

しかし藤原さんはそれぞれのアイデアを別々の曲と考えており、ひとつにはまとまるとは考えていませんでした。

別々のアイデアが「プラネタリウム」という1つの形になる

2005年初頭、BUMP OF CHICKENのメンバーは3ヶ月間の長い休みをとります。過去最多のライブハウスツアー「MY PEGASUS」を終え、バンドとしてのひとつの到達点を超えた時でした。

藤原さんが家族で帰省していた秋田から東京に戻ったある日、別々に持っていたメロディ、歌詞、ギターのコード進行の3つがひとつに合わさると気づきます。

藤原 – だからもう、全部分かってたんですよ。何を書くのか、どういうものを掘り出すのか、もう何かわかっているというか知ってる奴に会いに行く作業っていうか。

出典:B-PASS 2005年9月号

作曲を始めてから完成までは時間がかからなかったといい、自宅でアコースティックギター1本で「プラネタリウム」を書き上げます。

「プラネタリウム」歌詞の意味

少年時代に作った”手作りプラネタリウム”

タイトルの「プラネタリウム」とは、藤原さんが小学4〜5年生の頃に作った手製のプラネタリウムを指しています。

「大人の科学マガジン」(2005年9月号)BUMP OF CHICKENのシングル発売と同時期に発刊され、コラボライブも行った大平正之氏による監修の手作りプラネタリウムキットが付録

当時、少年時代の藤原さんは科学雑誌に掲載されていた作り方を読んでプラネタリウムを作ります。中に豆電球を入れたプラスチックボウルを2つ合わせて球体にし、穴を開けて暗闇の中で投影すると星のように光が天井や壁に映し出される、というものです。

「実在しない穴」=「光」をつくった藤原少年

MV「プラネタリウム」スクリーンショット

藤原さんは手作りプラネタリウムに星図に載っていない穴を空けて《自分だけの星》を作り、星に名前をつけます。

「プラネタリウム」0:40〜

科学の本に書いてあった 作り方の他にアレンジ
実在しない穴を開けて 恥ずかしい名前つけた

引用元:「プラネタリウム」(2005年)/ 藤原基央

手作りプラネタリウムは光が弱く、四畳半の壁や天井に届く光はぼやけて映りました。しかし藤原少年の目にはしっかりと自分だけが知る星が見えていたといいます。

藤原 – 詞の中では、そういう星が見えちゃってるんですよね、これはフィクションとかではなく、そういう感覚がそれを書かせるわけですから。俺はあの時確かに見えてたぞっていうのがあるわけです。

引用元:B-PASS 2005年9月号

そして藤原さんはこの星に”憧れ”の意味を込めたと語っています。

藤原 – 実在しない星っていう風に表現してますけれど、憧れていたのものがあって。

引用元:B-PASS 2005年9月号

「プラネタリウム」の歌詞は、この《藤原さんだけが知る星》を軸にストーリーが展開していきます。

光に触れてしまうことの意味

自分にしか見えない「星」に手を伸ばす藤原基央(引用元「プラネタリウム」MVスクリーンショット)

藤原少年にとって、プラネタリウムの星が瞬く部屋は無限の広がりを得たような体験でした。

「プラネタリウム」0:40〜

天井も壁もなくなって 代わりに宇宙を敷き詰めて
窓は一度も開けないままで 全てを手に入れた

引用元:「プラネタリウム」(2005年)/ 藤原基央

手づくりプラネタリウムによって藤原さんの部屋(実際は四畳半ではなく6畳)は宇宙になります。そして、藤原少年は《自分だけが知る星》に手を伸ばして触れてしまいます。

「プラネタリウム」0:40〜

やめとけばよかった 当たり前だけど 本当に届いてしまった
この星は君じゃない 僕の夢

引用元:「プラネタリウム」(2005年)/ 藤原基央

「自分だけの星」に触れてしまった藤原少年が得たものは《やめとけばよかった》という後悔でした。

藤原 – 天井も壁も無くなった気になって、無限の中でそれをとうとう射程距離に入れた気になって、触ってしまって、ああ結局俺は四畳半の中だったんだっていう。

引用元:B-PASS 2005年9月号

10歳の少年の感じた淡い期待と冷たい現実を、今も思い出されるほどに描写する藤原さんの作詞能力の凄さに驚かされます。

しかし「プラネタリウム」は《結局俺は四畳半の中だった》=《部屋の中だった》という物理的な意味を歌っているわけではないのです。

『夢』『君』『光』『星』に込めた意味

「星」に触れる藤原基央の右手(引用元「プラネタリウム」MVスクリーンショット)

藤原さんのインタビューを総合すると「プラネタリウム」は「自分だけの星」というモチーフを起点にした「夢」と人間の関係性を歌った曲です。

まず「プラネタリウム」に登場する言葉の機能や役割について次のように説明しています。

「プラネタリウム」楽曲解説 ROCKIN’ ON JAPAN 2005年8月号

藤原 – “プラネタリウム”に出てくる「夢」「君」どっちも「光」だと思ってください。で、「夢」は思い描くものですね。「君」は現実だと思ってください。どっちも「光」ですね。「光」であり「星」ですね。「星」はだから、見えるけど触われないものなんでしょうね。

引用元:ROCKIN’ON JAPAN 2005年8月号

上記の説明を整理すると以下の図になります。「夢」と「君」は対比構造となっており、名前をつけた「君」をいつしか「夢」だと思うようになっていきます。

藤原が空けた「星」は触れるまでは二面性を持っていた。届かないはずの「夢」に触れてしまう行為によって「夢」では無くなってしまう

その上で、触れないものに触ってしまうという行為はどのような意味を持つのでしょうか。それは先ほどのCメロの後半二行で歌われています。

「プラネタリウム」0:40〜

この星は君じゃない 僕の夢
本当に届くわけない光
消えてくれない光

引用元:「プラネタリウム」(2005年)/ 藤原基央

最初に名前をつけて「君」と呼んだのは自分のはずなのにいつしか「君」ではなく「夢」(憧れ)とみなしていた手が届いてしまうことで「君」であってしまった、という歌なのです。

藤原さんから歌詞について説明を受けたベーシスト・直井由文さんはこのCメロの詞を「プラネタリウム」の”核となる部分”と表現しています。

この「夢」と「名付け親」の関係性、構造、どこかで見たことありませんか?ピンと来た方は鋭い!そう、「車輪の唄」収録のカップリング曲「夢の飼い主」です。

藤原基央が歌う「夢」そして「光」

「ROCKIN’ ON JAPAN」2004年12月号(「夢の飼い主」インタビュー掲載)

様々なインタビューを総合すると、藤原さんは夢とは残酷であり希望でもあり、向き合う覚悟が求められるものという観念を持っています。「夢の飼い主」のインタビューでは以下のように語っています。

藤原 -(夢は)もうギラギラしててやばいんです、ほんと。生半可な覚悟で見たら目がつぶれるぐらいの輝きなんです。で、それを見るんです、自分の意志で。

引用元:ROCKIN’ ON JAPAN 2004年12月号

夢について全く同じことを「プラネタリウム」のインタビューでも語っています。

藤原 – 生半可な覚悟でまともに見ようとしたら目がつぶれるんじゃねぇかっていうう、ヤバい光なんですけど……。“プラネタリウム”ではそれに触れちゃうっていう曲なんですよ。

引用元:B-PASS 2005年9月号

本当に藤原さんの主張、論理は凄まじく一貫性があります。

「orbital period」発売時のインタビューでは、ベーシスト・直井由文さんは「プラネタリウム」で最も核となる部分がCメロと語っていることからも、ここに主題を込めたことがわかります。

名づけた星の名前を呼ぶということ

手の届かない光であって欲しかったのに、触れてしまうことで「君」であってしまった自分だけの星。しかし「プラネタリウム」のストーリーはここで終わりません。

《この星は君じゃない》と願った「君」の「名前」を呼ぶのです。

「プラネタリウム」0:40〜

消えそうなくらい 輝いてて  触れようと君の名前を呼ぶ 
一番眩しい あの星の名前は 僕しか知らない

引用元:「プラネタリウム」(2005年)/ 藤原基央

あれだけ《この星は君じゃない  僕の夢》と歌った星に対して、最後は君の名前を呼びます。「夢」ではなく「君」として受け入れて、名づけた名前を呼ぶのです。

これ、「夢の飼い主」の最後に“夢”が《ただ名前を呼んでくれるだけでいいんだよ》と伝えていることと呼応していませんか?

「夢の飼い主」0:40〜

寂しくはないよ 君と生きているから
ただ名前を呼んでくれるだけでいいんだよ

引用元:「夢の飼い主」(2004年)/ 藤原基央

「夢の飼い主」が夢の視点だとするならば、「プラネタリウム」は人の視点の曲です。どちらも夢と人との関係性を歌っている曲です。

「夢の飼い主」と「プラネタリウム」のストーリー構成の比較。どちらも「夢」をそれぞれの視点から物語っている。

「夢の飼い主」は「プラネタリウム」の2つ前に書かれた曲です(1つ前は「カルマ」)。歌詞の元ネタはどちらも『ユグドラシル』期に遡ることからも近い領域を歌っているといえます。

これは2曲が繋がっているという安易な意味ではなく、藤原さんの作る世界観は全て同じ軸で歌われている、別々の視点や切り口で歌っているという点が重要です。

 

「プラネタリウム」制作エピソード

「プラネタリウム」のレコーディング・制作について解説します。

「カルマ」の練習をしていたメンバーに曲を届ける

2005年初頭〜春、BUMP OF CHICKENのメンバーは休みを過ごしつつ(藤原と増川は運転免許を取得)、同年秋にリリース予定の新曲「カルマ」の練習をしていました

とある日、BUMP OF CHICKENのメンバーである増川弘明さん、直井由文さん、升秀夫さんがスタジオで練習していると藤原さんが現れて新曲「プラネタリウム」を生歌で弾き語ります。

増川 – (カルマの)レコーディングの前の日くらいにスタジオでちょこっと聴かせてもらったんですけど、その瞬間から凄い最高で(笑)

増川さんが述べているレコーディングとはプリプロ制作を指し、翌日に予定していた「カルマ」と最新曲「プラネタリウム」の2曲をデモ制作します。

『ユグドラシル』では、藤原さんが愛用するシーケンサー・YAMAHA QY-70でアレンジを作り込む多かった新曲作りですが、「プラネタリウム」では藤原さんがアコースティック・ギター1本と歌を録り、それにドラムスとベースを後付けする原始的方法をとります。

“曲の求める音”を探すのに苦労したベーシスト・直井由文

2005年「プラネタリウム」リリース時の直井と藤原(引用元:excite.jp)

2005年4〜6月、「プラネタリウム」制作が本格化します。最初の「プラネタリウム」のデモ制作を終えた後、直井さんは大きな壁に当たりました

直井 – 藤くんの演奏をめちゃくちゃ汚してるようにしか思えなくて。・・完璧だったの、アコギと声だけで。(中略)リズムを感じられてない、グルーヴを感じられてない、コードの和音すら感じられてない、繋ぎ目も上手く繋げてない。・・だから単純にプレイに腹が立つ。そうすると歌が響かない。歌とギターがこんなにいい和音鳴らしてるのに、それを殺してしまう

引用元:excite.jp プラネタリウム特設サイト(現在リンク切れ)

「プラネタリウム」は”歌とギターだけで完成されている”と感じ、ベースとドラムの必要性を確認するためにベースなしのデモテープ、ドラムとベースなしのデモテープを何度も聴きました。

「プラネタリウム」で使用した Sonic Jazz Bass Ice Metallic “2号機”

結果的にとてもシンプルなベースラインを弾くこと、升秀夫さんの叩くドラムと一体感を持つこと、藤原さんのボーカルを意識したベースラインを付けたといいます。

直井 – もうほんと邪魔したくないなって思って。一番シンプルな形に落としていったって感じですね。

出典:テレビ東京系「COUNTDOWN JAPAN」2005.07.xx

『jupiter』までは自己主張の激しいベースラインが直井さんのプレイの魅力でしたが、『ユグドラシル』の制作を経て、「曲の求める音を出す」というBUMP OF CHICKENの揺るぎない音楽理念が直井さんの中に確立されています。

藤原からの”発注”にリベンジできた升のドラム

BUMP OF CHICKEN ドラム

「プラネタリウム」のレコーディングでは、藤原さんはドラムス・升秀夫さんにフレージングの”発注”を行います。

藤原 – 以前にも発注したことのあるフレーズだったんですよね。”fire sign”の時にな(中略)その時は、升くんは叩けなかったんですよね。でも”fire sign”は”fire sign”で『じゃあこういうスタンスで行こうよ』っていうものが出来上がって、それはそれで正解だったんですけど

引用元:excite.jp(リンク切れ)

そのフレージングは「fire sign」の制作時に出したものでしたが、「fire sign」では叩くことが出来ずに別のパターンが採用されました。「プラネタリウム」ではそのフレーズパターンを叩き上げ、リベンジに成功しています。

新しいギター・”妖刀” Martin D-45を使用した藤原

藤原さんは長年使っているレコーディング用のGibson J-45で録ろうしたものの、イメージが合わずに Martin D-45を買いに探します。

なかなか見つからずにようやく辿り着いたのが1968年製のヴィンテージのD-45でした。驚くほど綺麗な状態で残っており、コレクター的価値もある1本ですが、藤原さんは迷わずレコーディングで使用します。

藤原が「プラネタリウム」から使用したMartin D-45。「銀河鉄道」「voyager」「flyby」等でも使用されている。価格は新品で130万円ほど、藤原が所有する1968年製ヴィンテージとなると数百万円〜以上にのぼる。

D-45の鳴りは凄まじく、ベーシック(いわゆるコード弾き)部分を録音した後に歌入れをしようとすると、倍音の鳴りが強くて歌えずにMOR氏がピアノを弾いてアシストしたほどでした。

レコーディング不参加?の増川

ギタリスト・増川弘明さんはインタビューで「プラネタリウム」のレコーディング不参加の可能性を示唆しています。



増川 – ・・俺はあのギターは弾けなかったし、レコーディングで。・・でもライヴの時は、唄を届けるギターを弾きたいって気持ちはありますよ、そこしかないくらいの感じなんじゃないかな。

引用元:excite.jp プラネタリウム特設サイト(現在リンク切れ)

インタビューでは《コード進行のループ感が印象に残った》と話していることから、4人での制作には参加しつつ本番RECを藤原さんが弾いたという認識が正しいと思います。

「プラネタリウム」のギターはリズム・アクセントに特徴のある楽曲で、藤原さんの細かい16分音符の刻んだストロークがコードチェンジの際に入っているため、藤原さん1人で弾いた方が良いと判断したと思われます

増川さんがレコーディング不参加の楽曲で公表されているものは「embrace」「同じドアをくぐれたら」に続き3曲目です。

BUMP OF CHICKENの転機となるシンセサイザー初使用

「プラネタリウム」は、BUMP OF CHICKEN史上初となるシンセサイザーを使用した楽曲です。直井さんは「命をかけた決断だった」と明かします。

Moog製シンセサイザー

直井 – それまでのバンプ・オブ・チキンは、なるべくギター、ベース、ドラム、ヴォーカルだけで表現しようとしていて。初めてディレクターからの提案で、フジ君がムーグを弾いたんです。実際には普通の人は聴こえない領域の音かもしれない。でも俺らにとっては”命の決断”だった。

引用元:「MUSICA」vol.9(p.46)

BUMP OF CHICKENのメンバーは、「4人」のバンド編成にこだわりを持ち、全ての音をギターで表現したかったといいます。MOR氏からシンセサイザーのアイデアが出たため、一旦弾いて見たものの藤原さんの中には葛藤がありました。

藤原 – バンドがそういうものを導入すると、やっぱそれに抵抗がある人が多いみたいで。それは凄くよくわかることだと思ってね。

引用元:「MUSICA」vol.9(p.46)

『ユグドラシル』まではE-BOW(弦の振動を持続させる機器)を使用してギターを擬似的にシンセサイザーのように鳴らしていました。代表的には「ロストマン」「スノースマイル」「レム」などの高音のフィードバック音がわかりやすいです。

しかし、ギターで表現しても”それっぽい音”にしかならないというジレンマに陥ります。「曲が求めてる姿」を追求するということを”耳にタコができるくらい”メンバー内で確認し、シンセサイザーを使用することを決断します

このシンセサイザー使用の決断は後年のインタビューでもメンバーは言及しており、「プラネタリウム」はBUMP OF CHICKENの制作史におけるターニングポイントといえます。2010年代以降の代表曲「ray」「Butterfly」「新世界」「邂逅」もシンセサイザーがなければ全く別の形になっていたはずです。

声を近くに聴かせようとしたCメロ

「プラネタリウム」2:34〜

やめとけばよかった 当たり前だけど 本当に届いてしまった
この星は君じゃない 僕の夢

引用元:「プラネタリウム」(2005年)/ 藤原基央

このブリッジ(Cメロ)部分は一番歌いたい部分で、”声を近くに聴かせるため”にリバーブ・エコーを外すアイデアでした。しかし紆余曲折を経て逆にディレイをかけることになったと語っています。



「プラネタリウム」MV

監督 番場秀一
撮影日 2005年6月28日
ロケ地 都内スタジオ + 神奈川県厚木市子ども科学館

「プラネタリウム」ライブ演奏記録

2005年8月5日 ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2005 にて「プラネタリウム」を演奏するBUMP OF CHICKEN embedded image from rijfes.jp

演奏回数 82回
初披露 2005年7月24日「SET STOCK’05」 広島国営備北丘陵公園
演奏ツアー 2005年 夏のイベント *全公演演奏
2006年「run rabbit run」*全公演演奏
2007年 夏のイベント *全公演演奏
2008年「ホームシック衛星
2008年「ホームシップ衛星
2011年「GOOD GLIDER TOUR
2012年「GOLD GLIDER TOUR」*7月7日(七夕)のみ演奏
2013年「WILLPOLIS
2014年「WILLPOLIS 2014」*アコースティックバージョン
2019年「aurora ark
2024年「ホームシック衛星 2024
使用機材
(2013年)


藤原基央 – Gibson Les Paul Special TV Yellow 
増川弘明 – Gibson Les Paul Standard Historic Collection 1959
直井由文 – Sonic Jazz Bass Chama Blue  (通称:初号機) 
コード弾き 藤原基央:2011年「GOOD GLIDER TOUR」〜 現在まで
増川弘明:初披露〜2008年「ホームシップ衛星」まで

「プラネタリウム」はリリース以降も継続的にライブ披露されており、演奏回数の多い楽曲です。2005年、2014年と2回アコースティックバージョンで演奏されています。

プラネタリウムでのアコースティックライブ

2005年8月10日「BUMP OF CHICKEN LIVE AT PLANETARIUM」at 愛・地球博 ささしまサテライトスタジオ

2005年8月10日、愛・地球博 ささしまサテライト会場内COSMO ZONE THEATERで「BUMP OF CHICKEN LIVE AT PLANETARIUM」を開催します。

プラネタリウム開発者の大平貫之氏とのコラボレーションで、プラネタリウムを上映しながらの演奏となり、メンバーにほとんど光が当たらない珍しいライブです。応募者200名完全招待制のライブに約7万人からの応募が殺到し、BUMP OF CHICKENの歴史上もっとも倍率の高いチケットになりました。

2005年夏、ウッドベースを入手する直井由文(引用元:旧公式サイト)「プラネタリウム」を含む5曲をアコースティック編成で演奏し、直井さんはアコースティックベースを使用しました。

 

「プラネタリウム」ライブ映像作品

アルバム「RAY」初回限定版特典DVD(2013年8月9日「ベストアルバム発売記念ライブ」収録)
映像作品「BUMP OF CHICKEN TOUR 2019 aurora ark TOKYO DOME
10th Album「Iris」初回限定版特典Blu-ray
2024年4月25日「ホームシック衛星2024」Ariake Arena – Day 2 収録
ライブ映像作品「BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024 at Ariake Arena
2024年4月24日「ホームシック衛星2024」Ariake Arena – Day1 収録

以上、「プラネタリウム」の歌詞の意味と制作エピソードでした。