楽曲解説:オンリーロンリーグローリー vol.1 -解釈と解説- *3/4更新

オンリーロンリーグローリー
作詞作曲:藤原基央
作曲時期:2002年末~2004年4月12日
デモ制作:2003年秋
リリース日:2004年7月7日
ライブ初披露:2004年9月17日 MY PEGASUS at ZEPP TOKYO 千葉幕張メッセ
ライブ最終披露:2013年10月24日 WILLPOLIS at 北海道立総合体育センター北海きたえーる

オンリーロンリーグローリーはBUMP OF CHICKEN通算8枚目となるシングル曲です。2004年7月7日に発売、初めてオリコン1位を記録しました。

疾走感のあるビートに清涼感を感じさせる流線的で粒の細かいサウンド、1音1音が洗練されたユグドラシル期サウンドを体現した楽曲です。

この記事ではオンリーロンリーグローリーが作曲された過程について当時のインタビューを交えて紹介していきます。




制作年表

2002/01- 09/xx 9ヶ月かけて「ロストマン」作曲。この間に他の曲の一部のメロディや歌詞が生まれる。
2002/05/13 – 06/14 NINJA PORKINGツアーにて変則sus4のコードを使用(リトルブレイバー前奏にて)。この頃サビのコード進行のアイデアが生まれたと思われる。
2003/秋 プリプロ作成
2004/04/12 深夜から作詞、早朝に歌詞完成。
2004/07/07 8th Maxi Single「オンリーロンリーグローリー」リリース c/w「睡眠時間」

2002年:ロストマン作詞中のアイデア

6th Maxi Single「ロストマン/sailing day」

2002年1〜9月、藤原基央さんは9ヶ月かけてロストマンを作詞します。詞を書いている間にいくつかの別のコード進行・メロディ・歌詞が生まれます。その1曲がオンリーロンリーグローリーの原型でした。。

同時期のアイデアだったスノースマイルややホリデイは完成形になりましたが、オンリーロンリーグローリーは歌詞をつけられず眠りにつきます。

2003:仮題 『ナイン』!?

作曲時期:2002年末~2004年4月12日
プリプロ制作:2003年秋
レコーディング:2004年春

『タイトルなし』のデモ音源として録音し、レコーディングスタッフがMDにデータを落としながら「曲名は?」を聞いたので藤原さんはまだ(タイトルは)ないんですよと答えました。するとスタッフは数字の「9(ナイン)」と勘違いし、『ナイン』ラベルに書いて保存します。

藤原さんは作詞中に仮題を思い出してしまい、数字の”9″が頭に浮かんでしまったそうです。その後のインタビューで「ナインは遠回りさせるための道しるべのキーワード」だと述べています。

2003年秋 :プリプロ制作

embrace録っていたときにはもうあったいんじゃないかな。2003年秋にはプリプロはもう終わってて、でも詩も曲もついてる曲が他にあったんでそれをやってたって言う感じ。で、そのまんま春になった。 – 升 – 

embrace、同じドアをくぐれたらのレコーディング後に『タイトルなし』の曲のプリプロを制作します。

プリプロとはプリプロダクション(Pre-Production)の略でCDに収録するための本番レコーディングを想定して、全体のサウンドイメージを確認するために行う録音のことです。各自のパートの確認、音色の確認、全体のバランスを確認します。

そして歌詞のないプリプロ音源を制作した後、車輪の唄やレムといった他のアルバム曲が先に出来上がっていたため、またしばらく眠ることとなります。




詞の完成 – 2004年4月12日

藤原さんはコード進行や歌のメロディを考えた時から、何度も何度も作詞に取り掛かりましたが、なかなかうまく形になりませんでした。ユグドラシルというアルバム曲は、乗車権とシングル曲をのぞいて、オンリーロンリーグローリーを書こうとした結果生まれました。

この曲の詩を書こうとして、『embrace』、『同じドアをくぐれたら』、『ギルド』が出来た。『乗車権』とシングル曲以外、全てこの詩を書こうとして生まれた歌詞 - 藤原 – 

藤原さんは同アルバムに収録されている「太陽」を例に出し、”ドアノブが取れってしまいそうだ”という『太陽』に対して『オンリーロンリーグローリー』は”ドアノブに触れたあとの曲”だと表現しています。

そしてその実をどうするんだ

この1番の歌い出しの部分は、ドアノブに触れようか触れまいか迷っている状況だった人が、自分の意思かそれとも誰かに押されたからか、その経緯は別にして「(ドアノブに触れて部屋から出た、)それでどうすんの?」という客観的状況を「感情論抜きに問いかけている」という解釈になります。

藤原さんは自身の誕生日である2004年4月12日の深夜から早朝にかけて書き上げました。

レコーディング – 2004年4月〜6月

2003年秋に「ナイン」のプリプロ制作をしてから、藤原さんが「オンリーロンリーグローリー」の歌詞を完成するまで約半年の間が空いており、その間は直井さん、増川さん、升さんの3人は各自練習していました。

オンリーロンリーグローリーのレコーディングは「曲の求める音」を出すために互いに指摘しあったり、意見を出し合ったりするなど、ストイックにレコーディングに向き合いました。

レコーディングは一に練習、二に練習。醜い部分も以前より互いに見合っていたし、受け止めるだけでなく、否定されたりしたりしていた。否定されていたまま泣き寝入りしていたわけではない。思い返すといろいろありましたねぇ、ずいぶんと暑苦しい事が(笑)- 藤原 –  

全員うまくなってた – 升-  

ちなみにこの曲のレコーディングはSpace Shower TVで映像化され、ドラムについて升さんと藤原さんが議論する場面や、直井さんが増川さんのギター演奏について「速ぇよ!」と話し合う姿があり、お互いに理想的な演奏へ近づこうとしている姿が垣間見れます。またレコーディング風景から、増川さんはがサンバーストのストラトキャスターを持ち、バッキングコードを弾いてることがわかります。

2006/02/08 19:13

ライブ演奏記録

2004年〜2006年は、増川さんはレスポールを使用しています。2013年の「ベストアルバム発売記念ライブ」(2013.08.09 at QVXマリンフィールド)からは赤いSGを使用しています。また増川さんは2004〜2006年まではサビもコードストロークをしていたが、2013年からはサビではアルペジオのリフを弾くようになりました。2004年〜2013年を通してサビの鐘の音がSEが同期で流れてます。

以上、簡単にオンリーロンリーグローリーについて紹介してみました。次にこの曲を聴くときは、こんな背景があったんだと思い出してみると新しい聴き方ができるかもしれませんね。