BUMPの歴史- biography – *7/8更新

1994年

文化祭 中学3年の文化祭で藤原、直井、升の3人と文化祭実行委員長でバンドを結成。委員長が3人に『俺ビートルズやりたいからお前ら一緒にやろうぜ』と声をかけた。The Beatlesの「Twist and Shout」「Stand by me」とLadis Roomから「Get Lost」の計3曲を演奏。体育館でのライブは全員体育座りしていた生徒が総立ちになる程大成功となり、一躍学校のヒーローになる。
12月 クリスマスライブ at 臼井青年館  観客はまばらでメンバー達は大きなショックを受ける。バンド演奏+藤原弾き語り(藤井フミヤの「TRUE LOVE」)。藤原はライブ後、好きな女の子に告白する予定だったが女の子すら来てくれず…。ちなみに増川がこのライブから舞台を手伝い始める。
   受験のため毎週火曜日のバンド練習がなくなる

1995年

2-3月  受験終了後、藤原が新メンバー2人 (“あいつ”と増川)を連れてくる。2人ともギター担当で計5人になる。
3月 初のオリジナル曲「デザートカントリー」をメンバーで書く。藤原がコードとメロディーを作り、英詞をメンバー全員で直井の部屋で辞書を引いて書いた。
4月 藤原は日出学園高校、増川・升は佐倉高校、直井は調理師専門学校へ進学。
   升がチラシを持って来た『高校生音楽祭』にエントリーする。それに合わせてバンド名を”BUMP OF CHICKEN”と名付ける。ちなみにボツ案は”トラクター”(藤原)、”カントリーコンベアー”(直井)などがあった。升が3単語のバンドが良いと主張し、みんなで考えてBUMP OF CHICKENになった。ちなみに1度バンド名を”BUMP OFF CHICKEN”に変更したことがある。
7月 『高校生音楽祭』に5人で出場。「デザートカントリー」演奏するも予選落ち。この時リハーサルでは本番の演奏曲と違う「Stand by me」を演奏してスタッフを呆気に取らせる。人気投票では2位になり”千葉の2位のバンド”だと自信を持つようになる。
  軽井沢へバンド合宿。「やっぱりバンドは 合宿 でしょ!」と言う理由で持ち曲もないくせに合宿をしに行く。
藤原、高校の先輩のバンドに助っ人ギタリストとして参加する。ギターとしてメタリカなどを演奏(升も助っ人ドラムとして在籍)。升と増川の2人も別バンドを組んだりしていた。
升と増川、犬猿の仲で日々殴り合う。
直井、海の家で約1ヶ月住み込みのアルバイトをする。
藤原、高校に行かなくなる。出席日数が足りず、留年確定。文化祭のライブに出演後(体育祭の前)、高校退学。
藤原、「DANNY」を書く(初の作詞作曲)。家出をして五縄公園のベンチに寝転がるもう一人のギター”あいつ”の横で作った。

1996年

2/11 Teen’s Music Festival ’96 at 伊藤楽器(船橋本店)にて「DANNY」で地区大会優勝。”あいつ”を除く4人での初ライブこの年、同じ地区大会に奥華子、福岡大会に椎名林檎が出場している。
TFM’96を順調に進み、千葉大会 at 千葉パルコ、関東大会で日本青年会館で演奏。地元の友達の間でバンドが話題になる。この大会で業界人に「なぜ英語の曲?」と聞かれ「世界に通用するから」と藤原答える。
 藤原、初の日本語詞「ガラスのブルース」を書く。藤原の部屋で増川に最初に弾き語りで聴かせた。
8月 Beat Brust in Japan に「ガラスのブルース」で出場。全国大会でグランプリに輝く。この時、後にマネジメント契約をするW社のF女史が会場でBUMPを観る。
千葉県内のライブハウスに出演するようになる(ブッキング担当は藤原)。同時に1人8000円を出し合い、MTRを購入し(保管は藤原)、デモテープを制作するようになる。この頃の持ち曲は英語詞数曲と「ガラスのブルース」、「BUMP OF CHICKENのテーマ」、「くだらない唄」。
藤原、東京と千葉を往復する生活をはじめる。毎週火曜日はおおいわで練習。
  F女史がライブハウスに観に来る。代官山に行き、社長のT氏と面会。メンバー、大都会東京ではしゃぐ。契約の話は一切なく、純粋にW社のスタッフと交流が続く。

1997年

1月 都内で初ライブ at 下北沢Club251。F女史に誘われたオールナイトイベントで出番は深夜2時。升はブラックライトの蛍光灯に歯を光らせてはしゃぐ。上野駅から始発に乗るもあまりの眠さに寝過ごして家まで中々たどり着けなかった。
3月 ライブ at 千葉LOOK 
6-8月 1st Tour Chicken’s Knife (チキンズナイフ) 開催。5本のうち4本は全部千葉。ゆえに千葉Tourである。FINAL の下北沢CLUB QUE(出演時間たった15分)で初のアンケートを試みたところ、50枚の返りがあった。この時の演奏曲は「BUMP OF CHICKENのテーマ」「くだらない唄」「Day Dream Believer」「トランスライフ」「ロケットロック」など。
直井、藤原が高校3年の升、増川の2人にバンド継続の意思を聞く。即答されず濁した回答に直井と藤原は温度差を感じた…。
10月  BUMP OF CHICKEN企画ライブ at 千葉ANGA。50本限定デモテープ『NO REASON – BOC-001』が10分で完売する。好評につき、下北沢ハイラインレコーズでの販売をその後開始する。(後にこのデモテープは1000本売れる。)このライヴを最後に、メンバー大学受験のため活動休止。
藤原、業界人に引き抜きに合う。別のメンバーを用意されるも「BUMP OF CHICKENでいたいです」と辞退する。そしてめっちゃバイトをする(服屋、ビルのゴミ仕分け、八百屋、カフェ、レストラン etc.)。助っ人でギターを演奏する。知り合いのバンドをレーベルに橋渡ししたりする。

1998年

3月 升は獨協大学に推薦合格、増川は受験浪人、直井は大検と調理師免許取得、藤原は上京。
10月に制作したデモテープ「NO REASON – BOC-001」がHiLine Records総合売上チャート3位にランクインする。以後毎月TOP10入りする。
3/15 BUMP OF CHICKEN初のワンマンライブ at 千葉ANGA。復帰第1弾ライブに待ちに待ったファンが130人が訪れた。
3/31 ライブ at 本八幡ルート14
4月 直井、上京して藤原と同居する。升は片道2時間かけて佐倉から埼玉県まで通う。
増川が浪人中にも関わらず遊んでばかりのため直井がイラつく。「もう待てない」としてバンド活動を再開してどんどんライブをブッキングする。3人でライブに出演したりする。
4/29 イベントライブ at 西荻窪ターニング。はやくもBUMP OF CHICKENの噂をかぎつけた業界人でいっぱいになる。
5/3  イベントライブ at 千葉LOOK。 イベント動員数200人
5/17 デザインフェスタライブ at 国際展示場 ステージがない所で360°人が通行する場所で演奏する。ライブステージではなくファッションショースペースでライブをやったのが功を奏したか、その日持ち込んでいたデモテープが5分で売り切れる。
2人組の業界人と知り合う。太っ腹な業界人に楽器を買ってもらう(藤原はレスポールSPを入手したと思われる)も、その後無断でショーケースイベントに出演させられそうになり縁を切る。
藤原のバイト先の人が3ヶ月分の給料を持ち逃げする事件が発生。DM担当の升、送付数が1,000を超える。。直井が3ヶ月間家賃を支払う。
  W社が厚意で3曲入りデモテープ制作を手伝ってくれる。
5/27 ワンマンライブ at 千葉ANGA。この日はいつも来てくれるファンの人に感謝の気持ちを込めてチケット代を 651円 に設定。理由はムゴイから…この頃から1回のワンマンライブで1人3万円ほどの儲けが出るようになる。
6/7 イベントライブ at 千葉LOOK 総動員数230人
6/25-28 劇団すいっちとのジョイントミュージカル「はしるおんな」出演 at 明大前キッドアイラックホール。同劇団には藤原の2番目の姉が在籍しておりその紹介で出演することに。バンド役として役柄を与えられ生演奏した(ちなみに藤原は「アキヒト」という役)。このミュージカルのために6曲ほど(主題歌、主人公のテーマなど)を書き下ろす。計6回のステージに出演し、「劇よりもバンドが良かった」などのアンケートをもらう。
「はしるおんな」の期間中、F女史に夕食に呼ばれる。『君たちと一緒にやっていきたい、ぜひ一緒にやって生きませんか?』とマネジメント契約の話をされる。メンバー側は「もう一緒にやってるじゃないですか」と相思相愛で契約を結ぶことにする。
7/27 ライブ at 本八幡ルート14
8/30 ライブ at 本八幡ルート14 
1st CD 「BUMP OF CHICKN」3曲入りのレコーディングが始まる
9/15 2マンライブ at 千葉LOOK (with スパイパス) 。2バンドで200人近く集客する。「お互いの曲をカバーしあう」という企画がありスパイパスが「アルエ」をカバーしたら、客席から大合唱がおこった。BUMP側は「コスモス」という楽曲をカバーした。 「Glorius」「18 years story」「Danny」「とっておきの唄」「コスモス」「くだらない唄」「香港スター」などを演奏。
9/23 ライブ at 本八幡ルート14  7曲入りデモテープを販売(01.BUMP OF CHICKENのテーマ 02.18 years story 03.リトルブレイバー  04.アルエ 05. KNIFE 06.くだらない唄 07.ガラスのブルース) 
9/30 ライブ at 下北沢Club251。東京で初のちゃんとしたブッキングライブ出演に、千葉から多くのファンが応援にかけつける。まだ東京ではノルマを売り切れてない。
10/4 BAY-FM「ネオストリームナイト」内のインディーズコーナーの月間パーソナリティスタート。その名は「BUMP OF CHICKEN の ” VIVA !! LONGFELLOW」。
10/8 ライブ at 下北沢 CLUB 251。ノルマをようやく売り切る。東京の風はまだ冷たい。
10/18 BAY-FM「ネオストリームナイト」内「BUMP OF CHICKENの ” VIVA !! LONGFELLOW」放送。
10/24 イベントライブ at 千葉LOOK。動員数250人。同時に 1st CD「BUMP OF CHICKEN」(01.アルエ 02.ナイフ 03.リトルブレイバー)をハイラインレコーズとライブ会場のみ販売の完全500枚限定。シリアルナンバー入り)先行発売。200枚が即完売。メンバーがひとつひとつ手書きのメッセージカードを入れた。
10/25 インストアライブ at 下北沢HiLine Records。ハイラインレコーズにてCD 発売記念インストアライブ。BUMP OF CHICKEN を一目見ようと、「あんなに沢山の人が店にいるところは見たことがない!」と店員さんを驚かせるほどの人がつめかける。CD はこの後ハイラインレコーズ売上チャート初登場 2位(デモテープも共にチャートイン)となり1ケ月で完売する。BAY-FM「ネオストリームナイト」内「BUMP OF CHICKEN の ” VIVA !! LONGFELLOW」最終回放送。
10/27 ライブ at 下北沢Club251 「デザートカントリー」「18 years story」「Glorius」とCD収録3曲を演奏。
12/6   フリーペーパー「HELLS IMPACT」創刊。
12/11  下北沢 CLUB 251 ライブ。CD とカセットテープの影響でBUMP OF CHICKEN だけで100人近くもの人がつめかける。ファンの幅も東京はもちろん、埼玉・神奈川・群馬・茨城・栃木にまで拡がる。

5つほどイベントに誘われるが全て断り、大学受験のため再び活動休止。そして冬休みを利用して 3日間 レコーディングをする。 

藤原、カフェのアルバイト先でFLAME VEINの歌詞カードを書く。
 12月 1st Album 「FLAME VEIN」レコーディング。東中野のbazooka-studioにて3日間(1998年に2日間、1999年に1日)行われた。12月の2日間はレコーディング作業。「アルエ」「ナイフ」「リトルブレイバー」の3曲は10月の1st CDの音源を転用しており、実質「ガラスのブルース」「くだらない唄」「とっておきの唄」「ノーヒットノーラン」の4曲のレコーディングであった。メンバー、藤原歌入れ中にケツを出して踊る。

1999年

1月 1st Album 「FLAME VEIN」レコーディング。東中野のbazooka-studioにて3日間(1998年に2日間、1999年に1日)行われた。1999年の1日はTD(トラックダウン)が行われた。タイトルは演奏中に血管が浮き出ていたから。
3月 増川、無事に中央大学理工学部に合格。晴れてバンド活動を再開する。
3/10 ライブ at 下北沢SHELTER ライブには心待ちにしていたファンが詰めかける。
3/18 ハイラインレコーズより1st. Album「 FLAME VEIN 」リリース!発売記念インストア・アコースティック・ライブを下北沢ハイラインレコーズにて行う。ここに詰めかけたファンはなんと150人!店の前の階段はファンの行列で埋め尽くされる。「くだらない唄」「リトルブレイバー」「DANNY」などをアコースティック版で披露する。アコースティック版といっても増川はエレキギター、直井はエレキベースであり、藤原はアコースティックギターという編成だった。ライブの模様はスペースシャワーニュースでも取り上げられる。フリーペーパー第2号「DAVILS’ CRISIS」発行。
メンバー、CDショップでFLAME VEINを見ると目立つところに移動する
3/22 CD発売記念ワンマンライブ at 千葉LOOK。
当初は対バンが1つつく予定だったが、予定していたバンドが急遽事故により出演取りやめという事態に。しかし150人のファンと物凄い盛り上がりのライブをみせる。遠くに引っ越してしまう友達のために作った曲も聴けて感動的なライブだった。ちなみにこの曲は「バイバイサンキュー(弱虫賛歌)」と誤解されているが、それは誤りである。実際は別の友達で、その友人が書いた歌詞にメンバーが演奏をつけた曲である(未発表曲)。
3/28 ライブ at 下北沢 CLUB QUE 。評判を早くも聞き付けた業界人がわさわさと観に来る。
3/30 渋谷ON AIR EAST イベントライブ。ライブが終わってその足で目指すは 大阪 !
4/1 大阪バナナホール ライブ。前日のライブのせいか、バンプ目当てのチケット予約が当日30枚入る。
4/10 下北沢GARAGE ライブ。(with/アポロチーム、Hermann Hesse & The Pacemakers、BUZZ-EDGE)
5/1  千葉LOOKライブ。
チケット完売の為、入れなかったファンが店の前に35人!お店の人に無理を言ってキャパ以上だったが無理矢理詰め込む
 5/4 下北沢 CLUB 251 ライブ。
MUSIC DAY と言うことで(どういうことだ?)SPACE SHOWER がバンプを撮る。(99年6月9日O.A.) 「くだらない唄」「アルエ」などを演奏。
5/5 HMV新宿サウス店インストアライブ。(with/ジァイアントステップ)大画面でPVが流れ、自分達が映しだされ、ステージ上ではしゃぐメンバー。この日は約300人程の人がみてくれていた。この日の様子もSpace Shower TVが撮影している。演奏曲は「ナイフ」「リトルブレイバー」「ガラスのブルース」。この頃まではライブ登場SEにRage against the machineの「People of the Sun」/ 2nd Album [Evil Empire] を使用していた。
5/20 渋谷屋根裏 ライブ。(with/マンガヘッド、water pic man、Patty’s Oblian)
5/22 下北沢 CLUB QUE 「ハイラインナイト」イベントライブ。(with/carnies、ジァイアントステップ)東京で初のチケット完売!!お店の人曰く「年末のイベントなみだね!」
6/3 千葉LOOKライブ。
6/13 下北沢 CLUB QUE ライブ。(with/ウィルベリー、クライフ・イン・ザ・ベッドルーム)
6/22 渋谷屋根裏ライブ。(with/ハズバンド、dai dai、JET SET、ベロテクス)
6/27  大宮 Hearts ライブ。(with/太陽の塔、ギルカバー&ザ・モンキー)。この時、交流のあった他バンドに触発され、BUMP OF CHICKENが大宮駅前で路上演奏をする。アンプを持っていき(ドラムはどうしたか不明)、唯一に近いくらいの珍しい路上ライブであった。
6/30 熊谷 VOGUE ライブ。…と、6月だけで5本という怒涛のライブスケジュール。初の熊谷進出に客の入りは寒ーいモノとなり疲れが余計に心配だったが、素晴らしいステージをみせる。人知れずひっそりと良いライブをするバンプ…。
7/3 下北沢 CLUB 251 ライブ。(with/ステンレス、シモンズ)この日でしばしライブは試験休みに突入。これを機に楽器を生まれて初めてのリペアに出す。この頃まで増川のギターはGibson Les Paul Studio (赤)であった。
7/13 B.PASS 取材。喋る喋る!あまりの勢いになんと次々号からの連載が決まる。
7/15 BREaTHでの連載スタート。(vol.9号から)
7/30 FUJI ROCK Fes. 初日。当初メンバーみんな行く気マンマンだったがちゃんとFUJI ROCK 貯金をしていたのは升ひとり。升ひとり、電車で観に行く。Rage against the machineと電撃ネットワークが印象的だった。
8/3 下北沢 SHELTER ライブ。(with/ソルビット、FLOWER ROCK) 久しぶりのライブにバンプ・オーディエンスが100人来る
8/8 千葉 LOOK ライブ。(with/wagon、sepa、in the soup)
8/15 大宮 Nack 5 Town インストアライブ。
8/20 渋谷 club asia ライブ。(「CLUB DI:GA」with/noodles、ジァイアントステップ、Pete Best, ポルノグラフィティ etc…)この日は夏休みということもあってか大阪や新潟、長野、仙台、北海道等、地方から沢山の人がバンプを観に訪れる。この日はインディーズ時代のポルノグラフィティと対バンしている。
8/25 イベントライブ「平泳ぎ大会〜スイスイ〜」at 千葉 LOOK ライブ。この日、先着25名限定で出演アーティストから各デモテープが配布される。BUMPはリハーサルスタジオでジャムって録音したインストゥルメンタル曲が収録されている。アコギの偽物が多く出回っているが、本物はちゃんとしたバンドサウンドである。
8/26 下北沢 CLUB 251 ライブ。(「綜合科学研究所 Vol.8」with/ライフレコーダーズ、GOING UNDERGROUND、グン)
1st Single「LAMP」のレコーディング。「LAMP」と「バトルクライ」の2曲を録る。藤原はバスでスタジオまで行くが、そのバスの途中激しい腹痛に襲われていた。この時のレコーディングの状況はフリーペーパーにて詳しく書かれている。
9/4 1st Single「LAMP」のレコーディング。明け方まで行われる。
9/5 初の全国ツアー「HANSO-DE TOUR ’99」に向けて東京出発。前日から明け方まで「LAMP」のレコーディングが行われていたにも関わらずはしゃぐメンバー。なんと福岡まで東京から車で向かう。
9/6 神戸到着。さすがのメンバーも疲れを隠しきれずここで昼まで仮眠を取る(しかもラブホ)。仮眠後、昼はせっかく神戸に来たのでハーバーランドで少し遊んでから目指すは福岡へ。夕方中国道に入ると雲行きが妖しくなる。そんな天候の中に大きな山々が聳えた立つ景色を食い入るように見つめながらメンバー口々に「絶対仙人いるべ!」「ほら、あそこら辺に絶対住んでるべ!」
9/7 HANSO-DE TOUR at 福岡 DRUM Be-1 ライブ。なんと長崎からもバンプを観に人が訪れる。ライブ終了後、ご飯はもちろんラーメン。
9/8 HANSO-DE TOUR at 広島 NEO POLIS HALL。ライブ終了後、ご飯はもちろん広島焼。
9/9  大阪への移動日。夕方まで自由行動だったのでメンバーは一路原爆ドームへ。そこでの受けた衝撃に大阪へ向かう車の中で全員平和について、人間について、自分について語り合う。
9/10  HANSO-DE TOUR at 大阪心斎橋 CLUB QUATTRO。(「キャバレー」Produced by ちわきまゆみ氏。with/くるり、MANGA HEAD)ほとんどがくるりFANの中、お客さんのあたたかさにメンバー感激。思わず自分らにアンコールを送ってしまい、急遽千葉・東京ではお馴染み「DANNY」を演る(スタッフの皆様、感謝です!)。ライブ終了後、いつもならご飯を食べてすぐホテルに戻って “大富豪”(トランプ)をするメンバーが珍しく打ち上げに参加する。この時、ドラムの升とくるりのドラムの森君が仲良くなり、二人でキスをする。。。
9/12  HANSO-DE TOUR at 名古屋E.L.L.。
9/15 HANSO-DE TOUR at 千葉 LOOK ツアーファイナルワンマンライブ。前売りチケットはSOLD OUT、当日券も発売と同時に即完売。SPACE SHOWER TVのカメラが入り、一部模様が放送された。「BUMP OF CHICKENのテーマ」「バトルクライ」「くだらない唄」「ノイス(未発表曲)」「18 years story(未発表曲)」「香港スター(未発表曲)」「とっておきの唄」「Glorius」「DANNY」「ガラスのブルース」などを演奏。この頃まではバリバリ英語詞の曲をいくつも演奏していた。
9/23 渋谷 DESEO イベントライブ。(with/BUNGEE JUMP FESTIVAL、HEAD GOOD TV)
9/30 QUIP MAGAZINE「 オレ、ひでお 」連載スタート(3ヶ月毎月末発売)
10/3 BAY-FM「ネオストリームナイト」内でバンプのコーナー「PONTSUKA」スタート!!(毎週日曜深夜4時台。5分番組)。初回からしばらくは藤原基央が一人で喋るだけの、本当にミニコーナーであった。。。
10/8 大宮 HEARTSイベントライブ 埼玉県での3回目のライブ。
10/11 渋谷 ON AIR WEST イベントライブ
10/23 下北沢 CLUB QUE オールナイトイベント(Gash企画/「TRAVEL AIR」)
10/24 日比谷野外大音楽堂 イベントライブ(DRAW THE HIGH LINE)。初めての野音ライブ、この日の模様はSPACE SHOWER TVにて放送される。「ガラスのブルース」「リトルブレイバー」などを演奏。この頃まで増川はGibson Les Paul Studioの赤色を使用していた。
11/3 BUMP OF CHICKENプロデュースイベント「 デラ!ロッチャ! 」at 下北沢 club 251(with/Syrup 16g)
世田谷区用賀にあるスタジオでPV撮影。メンバーが考えたシナリオを映像化した。
11/25  1st Maxi Single「LAMP」リリース。(ハイラインレコーズ)。初のシングル音源ながらSPACE SHOWER TV の「POWER PUSH!」に選ばれたりTVK TV「Mutoma Japan」内「VIDEO CLIP DARBY」で優勝するなど、ちょっとした「LAMP」旋風が吹く。同日夜「LAMP」リリース発売記念ライブ「大貧民」at 千葉LOOK。この日の模様はスペースシャワーTVで放送された。
11/27 「LAMP」リリース発売記念ライブ「大富豪」at 下北沢CLUB QUE。この頃もまだ英詞曲をやっていたと思われる。
12/4 下北沢 GARAGE イベントライブ。(メロディオンズ企画「恋のメロメロ大捜査線」)
12/7 SPACE SHOWER TV「マタハリ」出演。「ガラスのブルース」などを演奏。
12/12 イベントライブ「ハッピーターン」at 下北沢club 251(with/カンパネルラ、Syrup16g)
12/23 年末スペシャル、ハイラインレコーズインストアイベント「第四回直井祭」。この日はファンを招待し、メンバー全員スーツという本物の会食をパロディしたイベント。メンバーの演奏あり、大物アーティストからのビデオメッセージありのイベントで大盛り上がりとなる。
12/31 大晦日ライブイベントに出まくる。 渋谷DESEO→渋谷CLUB QUATTRO→下北沢club 251(カウントダウン)2000年問題も起こらず、一安心。

2000年

1月 藤原、地元佐倉へ帰り友達とドライブに行き思い出の地を回る。この時「続・くだらない唄」の歌詞の状態になる。
1/8 テレビ東京系「JAPAN COUNT DOWN」O.A。これが地上波初出演となる。直井、サングラスにマフラーという怪しい格好で怪しい喋り方をする。。。
1/16 イベントライブ「グリーングリーン2000」at 下北沢 SHELTER(with/ビートクルセーダーズ/スニフ、Syrup16g)
2nd Album「THE LIVING DEAD」レコーディング。わずか1週間でLAMPを除く曲を全曲レコーディングする。レコーディング開始した時点で曲数が足りず、歌詞のないオケを先に録ったあとに藤原が歌詞付きの唄入れを行うという制作をする。さらにこの時期、色々なレコード会社が声をかけて来たため、マネジメント会社のLONGFELLOWがメンバーを制作に集中させるために必死に守る。
レコーディング最終日の朝。疲れ果ててスタジオで寝ているメンバー、スタッフの横で藤原が一人起きる。バラバラの曲達を一つにまとめるために「プレゼント」を書く。が、最終的に「Opening」と「Ending」として分割されて収録される
2/10 ライブ at 名古屋Heart Land。*noodlesのツアー。(with/チューインガムウィークエンド)
2/12  ライブ at 大阪 MUSE HALL。*noodlesのツアー。
2/14 ライブ at 福岡 DRUM Be-1ライブ。*noodlesのツアー。
2/15 noodlesとの同行ツアーを終え、福岡から陸路で(!)東京に向かう。noodlesとは別々の車輌だったが、滋賀のサービスエリアで休憩した際、4人でガチャポンにハマっている姿がnoodlesのスタッフに目撃される。この時の仲の良い様子は、数年後にnoodlesのブログ上で書かれるほど印象的だったらしい。滋賀からの帰り、大雪に見舞われ大渋滞にハマる。
2/19 イベント「SPEEDBALL」出演。at 赤坂BLITZ。
2/25 1st Video Clip集「ビデオポキール」(VHS)リリース。
2/29 千葉LOOKライブ。この日は「ハ(バ)」で始まるバンド名縛りでの対バンイベント。with/ハックルベリーフィン、BUNGEE JUMP FESTIVAL
3/2 下北沢CLUB QUE(ハックルベリーフィンpresents「 草加印其の一 」)
3/6 大阪バナナホール イベントライブ(FM802[BREAth THE MUSIC]主催「EGG STAND」)後日FM802にて演奏曲「アルエ」がラジオで放送される。
3/25 2nd Album「THE LIVING DEAD」リリース (HiLine Records) 
3/27 ツアーポキール at 千葉LOOK 
3/29 ツアーポキール at 仙台BEEB BASEMENT THEATER(with/fla-foa、ELEPHANT MORNINGCALL)
3/30 LIVE Y at 渋谷 Club Asia 。この日の模様は後日TV放送される。
4/2 ツアーポキール at 福岡 DRUM Be-1(Opening Act/ナナナイン)。升、生まれて初めて飛行機に乗る。BAY-FMでのレギュラー番組「バンプオブチキンのポンツカ」が20分 に拡大!時間帯も深夜3時台になる。
4/3 ツアーポキール at 広島 NEO POLIS HALL(with/ハックルベリーフィン、pulltop juice)
4/5 ツアーポキール at 大阪十三ファンダンゴ
4/6 ツアーポキール at 名古屋 E.L.L.
4/14 「THE LIVING DEAD」発売記念 インストアライブ at HiLine Records
4/16 ツアーポキール(ファイナル)at 下北沢club 251 この日、数少ない当日券を目当てにライブハウスの前に長い行列が。
4/18 「LIVE SHOWER PHANTOM」at 渋谷TOWER RECORDS Be-1 Stage (SPACE SHOWER TV出演)Space Shower TVで放送される。
5/4 MUSIC DAY at 日比谷野外大音楽堂(2度目の野音ライブ)。この日、藤原の名言(?)「チケット死ぬ気で取ってこい」「俺らブラウン管の前で評価されたくないから」が世に出る。
5/7 渋谷ON AIR WEST イベントライブ(ハイラインレコーズpresents)
5/13 SWEEET LOVE SHOWER EXTRA at 大阪城野外音楽堂。1度出演を断るも、対バン相手にTHE GROOVERSがいると知り、「THE GROOVERSが出るなら出る」ということで出演。
5-7月 「ダイヤモンド」「ラフメイカー」のレコーディング
リハーサルスタジオ ON AIR 大久保にて通しリハーサルをおこなう。この模様はSSTVで映像化されている。
7/22 大阪でのライブに向けて東京出発。途中アーティスト写真撮影の為、朝っぱらから集合していざ浜名湖へ(といっても高速の「浜名湖サービスエリア」)。晴天に恵まれすぎ、日焼けで体を赤くする。(升はより黒くなる)メンバーは 浜松に宿泊。
7/23 サマーポキール2 at 心斎橋CLUB QUATTRO
7/27 サマーポキール2 at 渋谷CLUB QUATTRO 「この日、俺らメジャーに行っても何にも変わらない。だから信じてくれ」と藤原がMC。このライブにはthe pillowsの山中さわおも観に来る。
8/7 「LIVE STOCK 2000」at ZEPP 仙台
8/9 「 MAJI ROCK FESTIVAL 」at ZEPP 福岡 この日ステージ上で升に誕生日プレゼントをメンバー1人ひとり渡すサプライズを行う。わずか30分のステージ時間で10分を費やす。レポあり
8/27 「サウンドマリーナ2000」at 広島観音マリーナ
8/29 「RUSH BALL 2000」at 難波Mother Hall (with HOFF DYLAN, SNAIL RAMP, STORM, THE GROOVERS, the pillows) 藤原は憧れのTHE GROOVERSとの共演に歓喜し、嬉しそうに彼らの機材搬入を手伝った。RUSH BALLへの出演は主催会社グリーンズコーポレーションがHIP LANDグループのため出演に至ったと推測される。
9/3 「SWEET LOVE SHOWER 2000」at 日比谷野外大音楽堂。直井、40度近い高熱にも関わらずライブに出演。
9/21 2nd Maxi Single「ダイヤモンド」リリース。ニッポン放送で「バンプオブチキンのオールナイトニッポンR」を務める。
9/23 プロポキール秋 at 千葉LOOK。ダイヤモンド発売記念ツアー開催。タイトルがプロポキールなのは「プロ(メジャー)」になったから。
9/24 プロポキール秋 at 千葉LOOK
9/30 プロポキール秋 at 下北沢club251
10/1 プロポキール秋 at 下北沢club251 4日間のツアーは全て即完。この時のバンプの ライブ動員数から考えると狭すぎると思う人もいるであろうこのツアー。チケットを 取れない人が溢れ、「もっと広いところでやって欲しい」「なんで今更こんな狭いところなの?」と言う声がHPの書き込みなどで沢山あがっていたが、しかしこれには 訳 があった。このライブの模様はTVK TV & SPACE SHOWER TV 「LIVE Y」とB.PASS(10/27発売)でも紹介された。
10/25 升が初めてドラムセットを購入!CANOPUS(カノウプス)の緑色!今まで人にドラムを借りていた升がようやくマイドラムを購入する。緑色にした理由は「あまり使われていない色だから」とのこと。わざわざ店員に「一番売れていない色」を訊き、その色を自分といえばこの色!と世間に認知されるようにしようとしたためである。さすが升!(つまり、升は「ダイヤモンド」と「ラフメイカー」のドラムはレンタル品を叩いていたということである。)ちなみにこの日たかチューはデジカメデビューする。
11月 11月はレコーディングづくし。おそらく「天体観測」と「バイバイサンキュー」をレコーディング。
11/26 BUMP OF CHICKENプロデュースイベント「デラ!ロッチャ!Vol.2」at 下北沢 club 251 (with Syrup16g) 
12/3 イベント at 仙台JUNK BOX(with-YOUNG PUNCH、Syrup16g)
藤原、箱根に行く。(「Title of mine」もしくは「天体観測」を作曲。)
12/9 「Magic Bus’00」at 名古屋E.L.L.(with-THE GROOVERS、モーサムトーンベンダー)打ち上げを行なった飲食店に全員の寄せ書きサインが残っている。
12/15 イベント@神戸チキンジョージ
12月末 レコーディングやラジオのゲストなどをしていたが、年末年始は昨年の反動(?)で実家でのんびり過ごす。 

2001年

1月 新曲作りとバンド練習。「天体観測」のレコーディング中に17歳の時に書いた「東京賛歌」という曲を思い出し、歌詞を付け足して「バイバイサンキュー」にしてカップリング曲として収録する。
2/17 直井、赤坂BLITZにNUMBER GIRLとJ. MASCIS & THE FOGの対バンを見に行く。しかし財布を落とす・・・。(リンク
2/18 「デラ!ロッチャ!!」at 渋谷ON AIR EAST with/HUSKING BEE、ハックルベリーフィン
3/10 「ネオストリームライブVol.2」@渋谷AX(with/キセル、fra-foa)この日のライブの模様はBay-FMで後日放送される。
3/14 3rd Maxi Single「天体観測」リリース
直井、お金がないため新宿のビアガーデンでバイトをする。
3/23-4/21 ツアー「スターポーキングツアーズ2001」スタート。 初日の千葉LOOKでは「いつまでもこの小さなライブハウスでやっていたことを忘れない」としてインディーズ時代にカバーしていた「Day Dream Beliver」をアンコールで演奏する。藤原のフットボールの友人が観にくる。
ツアーの打ち上げの中でスタッフに促され新曲「ハルジオン」のサビを歌う。
「メロディーフラッグ」作曲。スタッフの一人が転んで一時記憶喪失になる。
7/23-9/15 ツアー「Surf Porkin’」スタート メロディーフラッグが未発表の新曲として演奏される。
8/3 Rock in Japan Festival 2001出演。メンバー、桑田佳祐に写真を撮ってもらう。
9/14 大阪でのライブにて新曲「ハルジオン」初披露。
10/12 直井、誕生日。藤原からは曲をもらう予定だったが、未完成ということで待つことに。。。
10/17 4th Maxi Single「ハルジオン」リリース
増川、藤原の家に遊びに行く。夜中テンションが上がり二人でスタジオに入る。そこで「キャッチボール」の雛形を作る。
「stage of the ground」作曲。この時藤原はまだ4畳半の部屋に一人暮らしで住んでいた。
12月 藤原、2ヶ月遅れで直井に誕生日プレゼントを渡す。曲名は「ベンチとコーヒー」
アルバム制作に曲が足らないということになり、藤原の趣味で作っていたインストゥルメンタル曲を「ダンデライオン」として楽曲化する。

2002年

藤原「ロストマン」の歌詞を考える(完成は9ヶ月後)。
1/26 FM NORTH WAVE Presents「NBQ」at ZEPP SAPPORO (with NUMBER GIRL / くるり) 
1/28 ポキレツ珍百科 at 赤坂BLITZ with/くるり、MO’SOME TONEBENDER
1/30 FM AICHI PRESENTS「COLLABORATION 807」at 名古屋ダイヤモンドホール (with/くるり、MO’SOME TONEBENDER)
2/1 「HFM 20th anniversary DEAD STOCK BBQ」広島CLUB QUATRO (with/くるり、MO’SOME TONEBENDER)
2/2 ポキレツ珍百科 at ZEPP OSAKA with/SUPER BUTTER DOG、MO’SOME TONEBENDER
2/4 「LIVE FUTURE FLAVA」at ZEPP FUKUOKA with/くるり、MO’SOME TONEBENDER
2/20 3rd Album「jupiter」発売 
3/23-4/22 ツアー POKISTA21開催
3/25 シークレットライブ「ポキールチャンネル (ポルノバージョン) 」at 千葉LOOK メジャーデビューしてから初めて「BUMP OF CHICKENのテーマ」を演奏する。
5-6月 ツアーが終わり、それぞれ休みを取る。藤原は伊豆大島に2回行く(家族と友人と)。伊豆大島で三味線や三味線やjupiterを買う。
8/7 – 9/7 B.O.C presents BAUXiTE page1 & 夏のイベント出演。9/7の沖縄「HOT BORDER 2002 “OKINAWA COOL CAMP”」でバンプ初の沖縄ライブ。ステージ終了後のチャマ「次はモンパチ!」
9月 「ロストマン」完成。同月、「スノースマイル」と「ホリデイ」も書く。
12/3-18 ツアー LOVE&PORKIN 開催。このツアーでは「ホリデイ」が初披露(しかもツアーでこの1回のみ!)されたが、同曲が初めてのカポ使用曲(2カポ)である。
12/18 「スノースマイル」リリース
12/28 「ハイラインナイト Vol.5」シークレット出演 at 下北沢Club Que。完全告知なしのシークレット出演で、セットチェンジの時に升は深く帽子を被りドラムチューニング。4人(直井だけ白、他3人黒)ともBURGER NUDSのTシャツを着て登場。久しぶりの下北沢でのライブに直井「BUMP OF CHICKENと言います。名前だけでも覚えて帰ってね!」。会場の下北沢Club Queは最前列に柵がなく、一番前の観客達はステージに倒れこむ形でライブが続く。そして抜け出す時はステージ上を横切るというありえない環境でのありえない盛り上がり。

2003年

2/28 試写会ライブ at ZEPP TOKYO。映画「ワンピース デッドエンドの冒険」主題歌のsailing dayを初披露。
3/8 SPACE SHOWER Music Video Awards 03 授賞式 & ライブ at 日本武道館。武道館初ライブ。スノースマイルとメロディーフラッグの2曲を披露。
3/12 「ロストマン/sailing day」リリース。初の両A面シングル
5/13 – 6/15 LIVE TOUR NINJA PORKINGを行う。6/8の青森クオーターでのライブで藤原は突然「Opening」を披露する。最初で最後の同曲披露である。
ツアー終了後から夏にかけてバンドの関係が疎遠になる。増川の学業とバンド活動の平行がうまくいかず、技術的にも3人に置いていかれている状況に新曲の制作から外される。
藤原、embraceを書く
藤原、同じドアをくぐれたらを書く
8/3 – 8/31  夏のイベント出演
8/16 Rising Sun Rock Festival 2003にて未発表曲「embrace」を初披露する
9/9 増川 川崎のTOWER RECORDの壁にサインする 
藤原、髪を赤く染める(ほとんどメディアに露出していない)
embrace・同じドアをくぐれたらのレコーディング at 一口坂スタジオ。増川はこの2曲のレコーディングに不参加
オンリーロンリーグローリーのプリプロ録音を行う。タイトルが決まっていない段階にスタッフに聞かれ「(タイトルはまだ)ないんです」と答えたつもりが「Nine」と記録される。
藤原、「レムを書く。そしてレムをバンドの曲として発表するか悩んでいた時、アコギをジャカジャカ弾きながら車輪の唄を一晩で書く。そして車輪の唄のドラムをどう叩けばいいかわからなくなった升、藤原に電話する
12月 藤原、弦を張り替えながら鼻歌を歌い、ギルドの1番を思い付く
12/20 藤原、増川の誕生日に「fire sign」を贈る。その日にエレキギターでプリプロ音源を制作。

2004

(この時点でテイルズオブジアビスの主題歌制作のオファーが来ている)
  Everlasting lie を藤原一人でアコースティックバージョンを再録する
3/31 7th Maxi Single「アルエ」リリース
4/11 – 12  藤原、誕生日前日の夜から誕生日の朝にかけて、オンリーロンリーグローリーの歌詞を書き上げる
オンリーロンリーグローリーをシングル化する話になり、カップリングを書くよう求められて「乗車権」を書く。が、曲の主張が強すぎて急遽アルバムに収録することに。
4/28  ハイラインレコーズ時代の作品を「FLAME VEIN+1」「THE LIVING DEAD」「ビデオポキールDVD版」として、トイズファクトリーより再リリース
5/6 ヒゲスポーキン at 渋谷 Tower Records B1F スタッフがメンバーに相談なくライブ名を決めたため、ステージ上で藤原が「フェニックスポーキン」と命名
5/29 FREE LIVE at 佐倉市民体育館。藤原の父親が初めて見にくる予定だったが、ライブ後に携帯で「行けない」との連絡。やり遂げた感と「またか・・・」という面持ちで実家に帰ったら父親が「K?あれ良かったな」とどういうわけか見ていたようで安心する。
藤原、「睡眠時間」を書く
7/7 8th Maxi Single「オンリー ロンリー グローリー」リリース
8/5 LIVE at 韓国ソウル SOUND HOLIC。バンド初の海外公演。アンコールでfire signを初披露
8/7 韓国 釜山インターナショナルロックフェスティバル。海水浴場周辺でのフェス。
8/14-29 夏のイベント出演
8/25  4th Album「ユグドラシル」リリース 
9/17 – 12/12 33箇所40公演におよぶ全国ツアーMY PEGASUS / PEGASUS YOUを開催
9/22 ツアーの間を縫って「夢の飼い主」のレコーディングを行う (翌日の福岡公演にてMC)
12/1 8th Maxi Single「車輪の唄」をリリース
12/11 TOUR FINAL “PEGASUS YOU” at 幕張メッセ この日の様子はNHK-BS1「スーパーライブ」の撮影が入る。初の幕張公演ワンマンメッセであったが、藤原は自分たちの演奏に納得が行かず、公演後に楽屋でブチ切れていた…。
12/19 LIVE at 韓国ROLLING HALL  韓国のバンド NO BRAINのボーカルが楽屋に遊びに来る
12月後半 怒涛の1年をこなし、バンドは長い冬休みをもらう

2005年

2月 藤原、秋田に家族と出かけてなまはげを見る。帰京後、「プラネタリウム」を書く
4月 増川、直井、升の3人がカルマを練習していた時、藤原がスタジオにやって来る。3人の前でアコースティックギターを持ちプラネタリウムを1コーラス歌い、メンバーに初披露
6/26 神奈川県厚木市子ども科学館でプラネタリウムPV撮影
7/21 10th Maxi Single「プラネタリウム」リリース
7/24-9/3 夏のイベント出演
8/10 “LIVE AT PLANETALIUM” at 愛・地球博ささしまサテライト会場内「COSMO ZONE THEATER」。増川、コメント出演した愛知のTV番組に「塩川」と表記される。
藤原、カルマのカップリング用としてsupernovaを書く
9/8 メンバー、ゲーム映画「FINAL FANTASY VII ADVENT CHILDREN」試写会 @VIRGIN TOHO シネマズ 六本木ヒルズ SCREEN7に参加する。この時、芸能人がたくさん集まるプレミア席の中の端っこで萎縮しながら観た。この時、ゲームプロデューサー野村哲也氏と知り合い、後日食事に連れて行ってもらう。
11/23  11th Maxi Single「supernova/カルマ」リリース
12/14 12th Maxi Single「カルマ/supernova」リリース

2006年

1/13-3/5 初のホールツアー run rabbit run 開催
2/11 バンド結成10周年。福岡マリンメッセ公演にてBUMP OF CHICKENのテーマを披露(メジャーデビュー後4年ぶり2度目)
3/5 追加公演 at 代々木第一体育館 ギルドのPVが撮影される
3/11 LIVE at 韓国ソウル三成繊維センター
3/22 藤原ソロアルバム「SONG FOR TALES OF THE ABYSS」リリース
トイズファクトリーで打ち合わせ中、長い地震が起こる。スタッフに「藤原、何か歌え!」と言われて未完成だった「涙のふるさと」のサビを歌う
8/8 藤原、コンビニに行こうと玄関を開けた瞬間、恐怖を覚えるほどの夕焼けを見る。真っ赤な空を見ただろうかを書く
9/20 1st 映像作品「人形劇ギルド」リリース
藤原、「ハンマーソングと痛みの塔」を書く。自宅にて升、直井の前で披露する。増川は電波の届かない練習スタジオにおり連絡がつかなかったらしい
藤原、「才悩人応援歌」を書く
10月 旧多摩市立西落合中学校にて涙のふるさとPV撮影
11/22 12th Maxi Single「涙のふるさと」リリース
12月 藤原、「飴玉の唄」を書く

2007年

3/13 「かさぶたぶたぶ」のベースとドラムのレコーディング。しかしドラム録りがうまくいかず、次の日のギター録りの予定を押すことになる。
3/14 改めて「かさぶたぶたぶ」リズム隊のレコーディング
4/12 藤原、誕生日にエレクトリック・シタールを贈られる
4/13 藤原、「花の名」に早速エレクトリック・シタールの音を追加する(朝まで)
7/7 藤原、「東京賛歌」を書く
7/16 HIGH LINE RECORDS 10th ANNIVERSARY ~10年目の夏~ at ZEPP TOKYO にシークレット出演。
7/22 – 9/2 夏のイベント出演
9/1 SWEET LOVE SHOWER 2007出演
10/17 FM802「DESIGN THE NIGHT」SPECIAL LIVE ~ICON-TACT~
10/19 SCHOOL OF LOCK! LIVE TOUR”YOUNG FLAG” at ZEPP TOKYO
10/24 13th Maxi Single「花の名」、14th Maxi Single「メーデー」リリース
12/19 5th Album「orbital period」リリース

2008年

1/10-2/13 ライブハウスツアー “ホームシック衛星” 開催
1/10 ツアー初日。藤原の友人である岡田義徳がライブを見にくる。ちなみにこの日のアンコールで4年ぶりに「グングニル」(アンコールでは披露したことがない曲)を演奏。レアな選曲であり、岡田か他のゲストからのリクエストがあったのかもしれない…
1/18 ツアー@秋田スウィンドル。この日こっそりRADWIMPSのボーカルの野田洋次郎が見にくる。そして野田はスキーをして帰る。
2/10 長崎公演。12周年(イブ)だと観客に告げられ、急遽BOCのテーマを演奏。演奏はボロボロだった…。(メジャーデビュー後2年ぶり3度目の披露)
2/13 ツアーファイナル岐阜公演。3日前のリベンジを果たすべく、練習してBUMP OF CHICKENのテーマを演奏する。(メジャーデビュー後3日ぶり4度目の披露)
2/23-7/5 ホールツアー”ホームシップ衛星”スタート。初日幕張メッセは強風のため1時間開演を遅らせる。アンコールでは予定にないKを演奏して観客へのプレゼントとした。そしてこの日も俳優の岡田義徳が見にくる。
6/18 1st coupling album 「present from you」リリース
8/1 ROCK IN JAPAN FES. 2008出演
升がスタッフとともに富士登山をするという情報を聞きつけた藤原、別のスタッフと一緒に追いかけることにする。早朝、藤原は先回りして頂上で升を驚かそうとするも「あ、来たんだ」と普通の対応をする升にがっくりする。
9/11 藤原、御茶ノ水にある楽器店に行きサインを書く
秋〜冬 藤原、「HAPPY」「セントエルモの火」をほぼ同時進行で書く
秋〜冬 藤原、(上記2曲より少し遅れて)「66号線」を書く

2009

4/10  藤原、「魔法の料理〜君から君へ〜」を書く
4/10~4/17 藤原、「モーターサイクル」を書く
藤原、「キャラバン」を書く
作曲がうまくいかない藤原に対し、プロデューサーのMOR(森徹也)が曲作りのスタジオに誘う。藤原は意地で前日に「透明飛行船」を書き上げる。
6月 藤原、「宇宙飛行士への手紙」を書く(お題:四つ打ち)
直井と藤原、他の友人と一緒に海外旅行(アイルランド)に行く。藤原にとってはプライベートで初めての海外旅行であった。
藤原、「angel fall」を書く(お題:ゴスペル)。ちなみに丁度藤原もゴスペルっぽい曲を書きたいと思っていた時期であり、偶然リクエストとイメージが重なった。
8/7 藤原、「(please) forgive」を作曲。(お題:ジャカジャンっていう曲)もともと携帯の中にあった歌詞に曲をつけた。バンドのレコーディングもスムーズに行われるが、収録時間の理由により6th Album「COSMONAUT」への収録は見送られる。5年後の7th Album「RAY」で初お披露目されることになる。
8月 藤原、「分別奮闘記」と「R.I.P」を書く(お題:シングル曲)
  藤原、次回シングル曲のカップリングとして「Merry Christmas」を作曲(お題:クリスマスソング)
11/25 15th single「R.I.P.」リリース。隠し曲の「new world サミット」は、のちの藤原主要コードのひとつとなるGonFが初めて使用された曲。

2010年

 

 4/10 シークレットライブ「BUMP OF CHICKEN SECRET」を六本木ヒルズアリーナで開催する。事前に抽選で当選した2000名の参加者のみに会場が案内されていた。HAPPYのPV撮影も兼ねていたが、R.I.P、魔法の料理のライブ初披露も同時に行なっている。supernovaのPV撮影の際は楽器から音が出ていなかったが、今回はきっちり生音で演奏されていた。(もちろん?PVはCD音源に差し替えられる)
4/14 16th single「HAPPY」リリース HAPPY、THE LIVING DEAD、ユグドラシルのCDジャケットは繋がっている…
4/21 17th single「魔法の料理〜君から君へ〜」リリース。初の2週連続リリースとなる。
7月 「morning glow」を作曲。第二段階のデモテープ(バンドのデモテープ)を録音しようとするが、曲のノリがうまく出せず、3年間デモの段階で寝かせることになる。
この頃までに「beautiful glider」が書かれている
7/27 「good friends」のリズム隊レコーディングを行う。藤原は1時間遅刻して一口坂スタジオへ到着。升のドラム録りに対して3人が叱咤激励する。藤原「技術ではなくまだ曲に入れていない」直井「体力にも気をつけて」増川「ダメだと思ったらテイクの途中でやめることも大切」。最終的に「ホリデイ」のドラムの話題にまで遡りリズムを議論するメンバー。直井はわずか40分でベース録りを終える。この日、COCCOやGRAPE VINE、奥田民生のプロデューサーである根岸孝旨氏が現れる。藤原と機材貸し借りの約束をする。升は打ち込みを使用する予定だった「angel fall」のドラム録りを志願するもうまくいかず、断念。
7/28 「good friends」のウワモノのレコーディング。藤原がアコースティックギター・エレキギター・スライドギターを録音する。4人で輪になり手拍子の録音も行う。升は昨日の「angel fall」のドラム録りを再開。足に鍼を刺しながらのレコーディングをする。打ち込みサンプリング用の様々な素材を録音し、エンジニアの牧野”Q”英司氏がその場で編集して組み合わせていく。藤原がブラシでコンガを叩く。何も考えず思いつきでアレンジをしていくのが藤原流。夜12時にレコーディングが終了した。昼飯は鰻。
夏〜秋 SQUARE ENIXから「FINAL FANTASY 零式」主題歌のオファーが届く
藤原、増川と「beautiful glider」のギターについて打ち合わせをしている際中に「三ツ星カルテット」を書きはじめる。
  藤原、スタジオ横の会議室で「友達の唄」を書く。映画ドラえもんの書き下ろしということでのび太のことを考えながら作曲をした。
12/15  6th Album「COSMONAUT」リリース
12/28 藤原、「サザンクロス」を書く。

2011年

1/20頃 FF零式の書き下ろしとして「ゼロ」を書く
2/23 19th single「友達の唄」リリース
10/19  21st single「ゼロ」リリース

2012年

1/7 – 31 ライブハウスツアー GOOD GLIDER TOUR 開催
4/7 –  アリーナツアーGOLD GLIDER TOUR 開催。この日のライブから「恥ずかし島」と呼ばれるサブステージでの演奏が始まる 
5月 藤原、「firefly」を書く。その後アスティとくしまでのライブで観客に報告
7/10 フジテレビ「息もできない夏」放送開始。「firefly」が主題歌に起用される
7/14  ツアーファイナル宮城公演。リハーサルでfireflyを演奏するもこの日の演奏は断念。
ツアー終了後、カップリング曲として「ほんとのほんと」を作曲&レコーディング
9/22 23rd single 「firefly」リリース

2013年

8/9 ベストアルバム発売記念ライブ at QVCマリンフィールド 
8/23  「虹を待つ人」配信リリース

2014年

7/25 テレビ朝日系「MUSIC STATION」生ライブに初出演。これが地上波初パフォーマンスとなった。チャマはカメラに向けて足を蹴り出したところ、「カメラマンが足を伸ばし続けてくれ!」と目で訴えてきたので思わず足を伸ばし続けた。
7/26 写真家・蜷川美花との打ち合わせ。WILLPOLI 2014 FINAL 東京ドーム公演でsmile演奏中に流す特別映像の完成版を試写した。午後2時過ぎから芝浦スタジオでライブリハーサル(ゲネプロ)を行う。升はツアーTシャツ「RAY」を着ながら演奏する。ちなみに升は31日のファイナル本番も「LITTLE BRAVE」Tシャツを着てドームに来る。
10/18 横浜Land Mark Studioのレコーディングスタジオに入り、升と藤原がフロアタムを叩きレコーディング。ベースもレコーディング(おそらく「ファイター」のレコーディング)。 写真
10/22 パレードのMV撮影を行う @boc_chama
10/23  John Butler Trioのライブに4人で行く 画像
11/30 藤原基央、俳優の新井浩文とデート 画像

2015年

2/23~25  早稲田大学付近のAVACO CREATIVE STUDIOでレコーディング。「Hello, world!!」「コロニー」はここでレコーディングされた
3/18 初回限定版シングル特典であるスタジオライブ映像の収録を行う
4/22  24th single「Hello,world!/コロニー」 リリース
藤原、スタッフに許可なく曲作りのためのスタジオがスケジュールにぶち込まれる。”腑に落ちねえ”と思いながらも断る理由もなく、7月中旬までアコースティックギター1本での曲作りに励む
7月下旬  BUMP OF CHICKEN SPECIAL LIVE 2015 や夏のイベントのライブリハーサルを開始。藤原、この時までに「宝石になった日」「GO」「Butterfly」「大我慢大会」「孤独の合唱の5曲を書きあげる
  藤原、夏のイベント後に「流星群」を書く (この時まだ6曲のアルバム曲をメンバーは一度も聴いていない)
10月 藤原とスタッフ、「GO」の弾き語りデモテープをメンバーに聴かせる

2016年

2017年

1/28 – 30  新曲「流れ星の正体」のデモ音源を3日間限定で公開
2/10 午後11:45より「リボン」のスタジオライブをインターネット生配信。Abema TV、スペシャアプリ、YouTubeの三元同時配信を行う。・・・が、放送された音源は生演奏ではなく事前レコーディングしたものをアテフリした可能性がある。
4/19 メンバー4人でColdplayのライブを東京ドームに観に行く
5/1 配信限定シングル「リボン」リリース。そしてアリーナツアー発表&公式SNSアカウント発足という発表づくめの1日となった。
5/24 増川、2カポの曲をレコーディングする 画像
8/29 芝浦スタジオでゲネプロ